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2017/10
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近所の遊び仲間のこと
保育園入園を機に、場面緘黙症を発症してしまった私。それは、小学校へ入学しても変わることはありませんでした。学校へ行けば、授業中の必要な発言以外は言葉を発しない私でしたが、下校して学校から離れるにつれ、私は別の自分へと変わっていくのでした。

私には、子供の頃から2つの世界がありました。それは学校などの集団の場をメインとした「静」の世界。もう一つは、自宅をメインとした「動」の世界。「静」の世界では、自分の行動、発言、感情、そういったものを封印して過ごしていました。「動」の世界ではその逆。思ったことはしっかり言うし、好きなことを自由にやったり、笑ったり怒ったり泣いたり。
学校のクラスメイトとなんら変わりません。

家の近所には、私と2~3歳違いの年上、年下の子が合わせて10人ぐらいいて、学校から帰るとだいたい常に3~5人ぐらいは集まって遊んでいました。今思い出してもそれはとても楽しい時間でした。外が真っ暗になるまで遊んでいました。学校で行動できない分の反動もあったのかもしれません。でも、時々クラスメイトなどに道で会ったりすると瞬時に「静」の自分になるんですけどね。

私が小学5年生になった頃かな。私より年上の遊び仲間が中学生になり、部活動などが忙しいらしくて、ほとんど一緒に遊べなくなったんですね。気が付けば、遊び仲間の中では私が一番年上で、自然とリーダーとなって遊んでいました。学校での生活から考えたら、全く想像のつかないことですが。。。

子供の世界とはいえ、リーダーっていうのはすごいですね。みんな年下だということもあって、私が言ったことは、ほとんど絶対的な感じだったし、自分の一言で物事が決まっていくというのは、自分なりにすごく気分が良かったんでしょう。気が付いたら、私は天狗になっていて、わがまま放題になっていたようです。前に書いた記事の中でKおばさんから言われた一言で私は後から気が付き、自分自身の今までの立ち振る舞いを反省したりしたのでした。(その後、遊び仲間の1人から「優しくなったね」と言われたりました

学校で学ぶことが出来なかった子供同士の人間関係を、「動」の世界でこうやって学ぶことが出来たのは、私にとっては大きなプラスになっただろうと思っています。近所に同年代の遊び仲間がいたことにとても感謝しています。(とはいえ、遊び仲間の半分は親戚の子でしたが)そんな遊び仲間とも、私が中学に入学したことであまり遊べなくなり、会うこともほとんど無くなりました。

中学校生活では、1つ年上の遊び仲間のY子と偶然、部活動前の女子更衣室で会い、Y子の友達が、「るいちゃんって、いつも大人しいよね」と話しかけてきた時、「そんなことないよ~。結構うるさいんだよ~」なんて言ってくれたりして、嬉しかったり恥ずかしかったりしました。後からちらっと聞いたことがあるのですが、Y子は、私の話がどこかで出るたびに、「大人しく見えるけど、ほんとは違うんだよ!」なんていつもフォローしてくれていたようです。「動」の時の私が、本当の私だってわかっていてくれたんでしょうね。

年下の遊び仲間のうち、特に仲の良かった2つ下のN美とは、私が中学生になっても漫画本の貸し借りは時々やっていて、お互い、家のポストに手紙を入れに行ったりという、いつの間にか文通がメインの関係になっていました。

私が社会人になり、上京した後も手紙のやり取りが数回ありましたが、N美が高校を卒業し、就職したっていう手紙をもらったのが最後かな?いつの間にか文通も途絶えていました。文通が途絶えたことに気付かないぐらい、私は社会人生活で苦悩していたようです。当時の遊び仲間との接点は、現在は全くありません。年賀状もやりとりしてないし。。あんなに仲が良かったのに、生活環境が変われば自然と離れるものなんですね。

風の便りに、結婚したと聞いた遊び仲間は、5人。残りの遊び仲間は不明です。私のこと、憶えてくれている人はいるのかな?なんて、久しぶりに思い出しながら書きました。


(2008年1月 微妙に追記・修正を加えました)



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

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(非公開コメント受付不可)

同年代の子達に、本当の自分を出して交流できる場があったという事は、かなりラッキーでしたね!そして、学校と帰宅後と違う事を、攻めたりからかったりするどころかフォローしてくれるだなんて、なんて優しいんでしょう~♪

そういえば、私も入園前に遊んでいた子達とは、幼稚園から帰ってくると普通に遊べていたなぁ。園では貝になってましたが。(笑)
先生の場合は・・・?
るいさんに、素朴な質問があります。
学校の友だちの中には、本当の自分である動のるいさんと、
学校で、自分を出せなくて苦しんでいる静のるいさんの両方を知っているお友達がいたのですね?

それでは、先生の場合はどうだったでしょうか?
私も夜の学校で親しい現役の先生に時々、緘黙の生徒さんのことを尋ねてみると、
「そういえば、1人は思い当たる児童がいた」と仰ったり、
ある先生からは
「この前、自宅の外で笑っているのを見たわ。」と報告を受けました。
学校の先生にとっては、喋らない静の状態がその子に見慣れていらっしゃるのではないでしょうか?
例えば、突然、先生が不意打ちで家庭訪問にきたら、どうなるのですか?
●里さんへ

家庭以外で自分を出せる場所があったというのは、
本当にラッキーなことだったと思います。
学校で家庭でも自分を出せずにいたなら、きっと今の自分はいないと思います。

場面緘黙の子は、私に限らず「静」と「動」の世界の2つを
使い分けて生きているわけですから、無意識のこととはいえ、
大変窮屈な生き方をしてるんだなって、大人になった今だからこそ
身に染みて感じるような気がしています。
●ゆきんこさんへ

コメント、ありがとうございます♪

さて、質問に対する返答ですが・・・
帰宅後に一緒に遊んでいる仲間の中には、偶然なんですが
私より年下か年上の子ばかりで、同級生の子はいなかったんですね。
だから、本当の自分でいられたんだと思います。
同級生の子が1人でもいたなら、そこは私にとって「静の世界」になっていたことでしょう。

>学校の友だちの中には、本当の自分である動のるいさんと、
>学校で、自分を出せなくて苦しんでいる静のるいさんの両方
>を知っているお友達がいたのですね?


さっきも書いたのですが、遊び仲間には同級生は含まれていませんでしたので、
私が学校でどういう状態なのかは、遊び仲間はおそらく知らなかったと思います。
なので、私がそういうことで苦しんでる、悩んでるとは思わなかったことでしょう。
学校でフォローしてくれた遊び仲間のことを書きましたが、
おそらく学校で見かける私と遊んでいる時の私の姿にあまりにも
ギャップがあったため、純粋に口を付いて出てきた言葉が偶然、
私をフォローするような言葉だったのだろうと思います。


>例えば、突然、先生が不意打ちで家庭訪問にきたら、どうなるのですか?

先生は「静の世界」の人ですから、先生を見かけた途端たちまち「静」の私になります。
私にも不思議なのですが、動の世界に静の世界の人が来たら、
自分は「静」になるのに、静の世界に動の世界の人が来ても、
「動」にはなれないんですよね。

(動の世界の自分) + (静の世界の人) → 静の自分

(静の世界の自分) + (動の世界の人) → 静の自分



自分らしくいられるのは、

(動の世界の自分) + (動の世界の人) → 動の自分

の時だけですね。(私の場合ですが。)
上の式、動を+、静を-で考えたら、数式と一緒ですね(笑)

ちなみに現在は、気を許している人が近くにいれば、
ある程度、素の自分を出すことが出来るようになっています。
調子が良ければ、1人でも結構話せたりします。
まだまだ後遺症はありますけどね。

こんな感じの回答でOKでしょうか?(笑)
そのへんがキーポイントかなあ・・・
私が最近ずーっと考えていることは、緘黙症がすっぱりなくなった人・後遺症を抱えつつも克服できた人・オトナになっても緘黙症の人の違いはどのへんなのかな?ということです。

るいさんのように、つらい時期に楽しい時間もあった人は、克服もうまくいきやすいのかなあなんて。

まあ、もともとの症状の差・個人の性格の差が大きいんでしょうが、「よき理解者」「子どもらしい遊びの時間」「没頭できるような楽しみ」があったら本人は楽かな?と考え中。

「動から静」はすごくよくわかります。
家族でワイワイと行楽地で遊んでいるときに、娘が偶然クラスメイトに遭遇したら顔色がみるみる青くなって、夫が愕然としておりました。
パパとかおばあちゃんとかは、学校での娘を見る機会がないので、「緘黙症」について理解できていないんでしょうねえ。
初めましてhttp://blog43.fc2.com/image/icon/i/F995.gif" alt="" width="12" height="12" class="emoji">あたしも幼稚園から場面緘黙でした。家では活発、近所の友達や姉妹で遊ぶときはリーダータイプなど全く同じhttp://blog43.fc2.com/image/icon/i/F8F2.gif" alt="" width="12" height="12" class="emoji">るいさんのブログを見て初めて、自分以外の緘黙の人の気持ちを知ることができましたhttp://blog43.fc2.com/image/icon/i/F99D.gif" alt="" width="12" height="12" class="emoji">今社会人でそれなりに生活してます。またコメントしに来ますねhttp://blog43.fc2.com/image/icon/i/F995.gif" alt="" width="12" height="12" class="emoji">
●ニミリさんへ

コメントありがとうございます♪

私自身の経験として思うのは、やはり子供の頃に楽しい経験が多ければ多いほど
それなりにコミュニケーション能力が身に付いているように感じますね。
子供の頃からの経験の積み重ねが大事だなって思います。

私が時々思うことがあって、それは学校でも家でも元気に遊べる子は、
私の数倍、いろんな経験を積んできたんだろうな、
黙って学校生活を過ごしてしまった私は、人生を損して過ごしてるんだろうなあ・・・
なんてたまに思います。

ニミリさんが書かれている、
>「よき理解者」「子どもらしい遊びの時間」「没頭できるような楽しみ」
>があったら本人は楽かな?と考え中。

っていうのは、とてもよくわかります。
自分が緘黙症であることすら忘れるぐらい没頭できたり、
遊んだりできたら、それが一番ですよね。
「自分らしさ」を忘れずにいるためにも、当人にとって居心地の良い環境が
1つでも2つでもあれば、それは素晴らしいことだと思います。

>パパとかおばあちゃんとかは、学校での娘を見る機会がないので、「緘黙症」について理解できていないんでしょうねえ。

そうですねえ・・・、親であるパパには、なんとか理解して欲しいですよね。
おばあちゃんは、もし同居でないのなら、緘黙症の説明をして、
中途半端に理解されてしまうより、何も知らせずに普段通りに娘さんに
接してもらった方がいいかな?なんて個人的には思います。
変に意識されて気を遣われたりする方が私的には嫌なので。。
緘黙の症状は十人十色、いろいろ接し方も考えられるだけに難しいですよね(^_^;)
●かんこさんへ

はじめまして!コメントありがとうございます^^

かんこさんは、私と似たようなタイプの緘黙児だったんですね。
このブログは私自身の自己満足にて成り立っていますので(笑)、
こんな人間もいるんだぐらいに読んでいただけたらいいかな、なんて思います。
緘黙症は説明しても、なかなか理解されにくいと思いますが、
こうした経験者のブログを通して、少しでも理解者が増えてくれたら嬉しいですよね。

お仕事しているんですね。後遺症などはありませんか?
またいろいろとお話しできたら嬉しいです。
今後ともどうぞよろしくお願いします♪
思い返してみれば、私も学校以外での、同級生ではない遊び仲間が何人かいました。
でも、学校内でたまたま会ったりしても、言葉が出なくなっちゃうんですよね。
でも、しゃべれない自分を知られたくなかったですね。


父親は私の子供時代については、たぶん知らないと思いますが、私は家でも父親とはほとんど話せなかったので、気を使われてるなっていうのを今だに感じてしまっています。
それもちょっと悲しいですよね(^^;
理解してもらいたい気持ちもあるけど、わかってもらえないだろうなって思ってしまうところもある・・・。

考え出すと難しいです(><)

●エリーさんへ

コメントありがとうございます♪

そうそう、学校では誰と会っても言葉が出ないんですよね。
私もエリーさんも同じ状態だったんですね。
「話せない自分」っていうのは、子供ながらにコンプレックスでした。
自分でももどかしさは常にあったように思います。
自由に発言できたら、どんなにか気楽だったろうと思います。

緘黙児の中には、話せない対象として異性がダメとか、
大人がダメとか、同年代がダメとか、いろいろありますよね。
家族であれば理解して欲しいっていうのは、あくまでも理想ですが、
実際にはそれもなかなか難しいことだろうな、とは思います。
というのは、私には上に3人の兄姉がいますが、
同じように生まれて、同じように育てられて・・・
それなのに、緘黙児になったのは私だけでした。
生活環境だけじゃない、なんらかの要素が私を緘黙児にしたのでしょう。
生まれ持った気質が大いに関係あるのでしょうね。
選ばれて、緘黙児になったような気もします。
そういう目に見えない気質、心理、そういったものを
理屈無しに理解してくれる人は、少ないでしょうね。
ただ、理解しようとしてくれる人がいるだけでも
当人にとっては大きな安心要素になるかとは思います。

大人になってしまった今では、緘黙児として過ごしてきたことを
あれこれと悔やむよりも、緘黙を経験したからこそできること、
やれること、言えること、見えること、感じること、そういったものを
自分なりに昇華していけたらなって思います。
とはいえ、小難しいことは苦手ですが(笑)
訪問ありがとうございます☆
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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に通学中。

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