保育園入園を機に、場面緘黙症を発症してしまった私。それは、小学校へ入学しても変わることはありませんでした。学校へ行けば、授業中の必要な発言以外は言葉を発しない私でしたが、下校して学校から離れるにつれ、私は別の自分へと変わっていくのでした。

私には、子供の頃から2つの世界がありました。それは学校などの集団の場をメインとした「静」の世界。もう一つは、自宅をメインとした「動」の世界。「静」の世界では、自分の行動、発言、感情、そういったものを封印して過ごしていました。「動」の世界ではその逆。思ったことはしっかり言うし、好きなことを自由にやったり、笑ったり怒ったり泣いたり。
学校のクラスメイトとなんら変わりません。

家の近所には、私と2~3歳違いの年上、年下の子が合わせて10人ぐらいいて、学校から帰るとだいたい常に3~5人ぐらいは集まって遊んでいました。今思い出してもそれはとても楽しい時間でした。外が真っ暗になるまで遊んでいました。学校で行動できない分の反動もあったのかもしれません。でも、時々クラスメイトなどに道で会ったりすると瞬時に「静」の自分になるんですけどね。

私が小学5年生になった頃かな。私より年上の遊び仲間が中学生になり、部活動などが忙しいらしくて、ほとんど一緒に遊べなくなったんですね。気が付けば、遊び仲間の中では私が一番年上で、自然とリーダーとなって遊んでいました。学校での生活から考えたら、全く想像のつかないことですが。。。

子供の世界とはいえ、リーダーっていうのはすごいですね。みんな年下だということもあって、私が言ったことは、ほとんど絶対的な感じだったし、自分の一言で物事が決まっていくというのは、自分なりにすごく気分が良かったんでしょう。気が付いたら、私は天狗になっていて、わがまま放題になっていたようです。前に書いた記事の中でKおばさんから言われた一言で私は後から気が付き、自分自身の今までの立ち振る舞いを反省したりしたのでした。(その後、遊び仲間の1人から「優しくなったね」と言われたりました

学校で学ぶことが出来なかった子供同士の人間関係を、「動」の世界でこうやって学ぶことが出来たのは、私にとっては大きなプラスになっただろうと思っています。近所に同年代の遊び仲間がいたことにとても感謝しています。(とはいえ、遊び仲間の半分は親戚の子でしたが)そんな遊び仲間とも、私が中学に入学したことであまり遊べなくなり、会うこともほとんど無くなりました。

中学校生活では、1つ年上の遊び仲間のY子と偶然、部活動前の女子更衣室で会い、Y子の友達が、「るいちゃんって、いつも大人しいよね」と話しかけてきた時、「そんなことないよ~。結構うるさいんだよ~」なんて言ってくれたりして、嬉しかったり恥ずかしかったりしました。後からちらっと聞いたことがあるのですが、Y子は、私の話がどこかで出るたびに、「大人しく見えるけど、ほんとは違うんだよ!」なんていつもフォローしてくれていたようです。「動」の時の私が、本当の私だってわかっていてくれたんでしょうね。

年下の遊び仲間のうち、特に仲の良かった2つ下のN美とは、私が中学生になっても漫画本の貸し借りは時々やっていて、お互い、家のポストに手紙を入れに行ったりという、いつの間にか文通がメインの関係になっていました。

私が社会人になり、上京した後も手紙のやり取りが数回ありましたが、N美が高校を卒業し、就職したっていう手紙をもらったのが最後かな?いつの間にか文通も途絶えていました。文通が途絶えたことに気付かないぐらい、私は社会人生活で苦悩していたようです。当時の遊び仲間との接点は、現在は全くありません。年賀状もやりとりしてないし。。あんなに仲が良かったのに、生活環境が変われば自然と離れるものなんですね。

風の便りに、結婚したと聞いた遊び仲間は、5人。残りの遊び仲間は不明です。私のこと、憶えてくれている人はいるのかな?なんて、久しぶりに思い出しながら書きました。


(2008年1月 微妙に追記・修正を加えました)



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