*All archives* |  *Admin*

2017/08
<<  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  >>
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
いじめ、差別、自殺予告とか・・・
さて、ソフトボール部の思い出も一段落しましたので、今回からはまた別の思い出話を書いていきたいと思います。


学校でしゃべれないとなると、緘黙経験者の中では、大なり小なり差別を受けたり、いじめられたりという経験があるのではと思います。私はというと、どちらかといえばいじめの対象となった経験は少ないとは思いますが、それでもやはり偏見は持たれていたと思います。

一番記憶に残っているのは、中学の時。音楽の授業は、音楽室に移動して行われるのですが、ある時、音楽室で授業を受けていた時、男子は席に着いていて、女子だけが音楽室の前方にあるピアノの前に立って、先生が弾くピアノに合わせてそれぞれのパート(ソプラノやアルト)を練習した時があったんですね。

その時に先生から、「そんなに広がらないで、もっとこっちに並んで~」という指示があって、私を含め、後列の人達が少し男子生徒が座っている席の方へ移動したんですね。そうしたら、前列の席にいた男子生徒が1人、私が近づいてきたのを見て、「うわあ、来たあ~。」 と言ったんです。そして、自分の机を後ろに引いて、逃げるようにしていました。私は緘黙でしたので何も言えませんでしたが、気は強い方なのでキッとその
男子生徒を睨み付けたような記憶があります。その男子生徒は悪ガキタイプで、いわゆるヤンキー、思っていることを平気で言うタイプなので、思っていることを口に出して言っただけなんでしょうが、黙ってはいるけれど他の子の中でもきっと私のことを偏見の目で見ていた子がいたんだろうなって思います。

実際今までに、話さないというだけで、「汚い」「変だ」「気持ち悪い」などと言われたこともありますし、それが周りの人の本音なのかなって思います。緘黙症かどうかは、外見からはあまり判断出来ませんし、一見、周りの子と同じように見られることから、後からの「話さない」というギャップが大きいのかなとは思います。

でも、話せない子にも、普通に接してくれる子だって沢山いるんですよね。私自身、そういう子に沢山救われてきました。緘黙児に話しかけてくれる子って、優しい心の持ち主だなって思います。だから、普段は1人の時が多くても、私の周りに集まってくれる子は、優しい子だらけだったように思います。そういう偏見を持たない人達も多少なり存在していて、そういう人達が周りにいてくれたから、私は今日までやってこれたんだろうと思います。今でも私の緘黙症状は完治したとまでは言えませんが、それなりに今まで
生きてきて、いろんな経験を積みましたので、表向きはある程度自然に対応できるようになった自分がいます。

巷では、いじめで自殺なんてことがメディアで多く取り上げられています。そういうニュースを目にするたび、心の優しい子が減っているのかなと悲しくなります。心優しい子がいたとしても、その他大勢の大きなチカラの方に動かされ、自分の本当の気持ちを出せずにいる子もいるんでしょうね。

先日、メディアで瀬戸内寂聴さんが話されていました。「今の人達は、想像力が欠如している」と。それは、子供に限らず、大人にも言えること。ちょっと相手の気持ちを想像してみればわかること。想像力がないから、相手の気持ちがわからない。虐待やいじめが一向に減らない。

・・・ごもっともです。同感です。きっと、優しい人間が優しい人間を作れるんでしょうね。心優しい親が、心優しい子を育てることができるはず。見本となるべき親が、先生が、大人達がもっと想像力や優しさを身に着ける必要があるのかもしれません。


なんか、話がずれてきましたが・・・話がずれてきたついでに書いてしまうと、個人的に、メディアでのいじめによる自殺の報道は禁止していただきたい。メディアの世の中に対する影響は莫大なものです。良いことも悪いことも、連鎖反応を起こしてしまいます。「いじめられたら、自殺すればいい」という意識を子供達に植え付けやしないかとニュースを見るたびにヒヤヒヤします。文部科学省に届いた自殺予告の手紙を文部科学省のHPで読みましたが、やはり、メディアの影響は大きかったようです。(両親宛の遺書の中でそれらしき文面が書いてあります)

メディアを通して、「今後、文部科学省宛てに届けられた自殺予告の手紙は、差出人があるものだけを本物の自殺予告文だとみなし、それ以外の手紙は、イタズラだと判断する」と発表するべきだと思います。イタズラと本物の区別がわからないまま、ただただメディアで発表するのは、子供達への影響が大きすぎると思いませんか?

なんか、ずっと心に思っていたことを、この場を借りて沢山書かせて貰いました。時間が無くなってきたので、とりあえず終わり!




テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

Secret
(非公開コメント受付不可)

そのとおりです!
>メディアを通して、「今後、文部科学省宛てに届けられた自殺予告の手紙は、
>差出人があるものだけを本物の自殺予告文だとみなし、
>それ以外の手紙は、イタズラだと判断する」と発表するべきだと思います。

私も そう思います!
1番 最初にきた郵便は たぶん 本物でしょう・・・
でも それ以降は 本物なのか?
疑ったら ダメなんでしょうけど 頭の中で ?が残ります。
差し出し人が 書いてあったなら 大人達は 全力をあげて 支援し 助けてあげられると思うのです。

>心優しい親が、心優しい子を育てることができるはず。
>見本となるべき親が、先生が、大人達が
>もっと想像力や優しさを身に着ける必要があるのかもしれません。

うっ! 耳が 痛いです・・・
確かに 想像力・優しさを身につける必要あると思います。
頑張らなくちゃ♪

るいさん いいお話 ありがとうございます (*^_^*) 





優しさってなんだろう?
ABAオタクのゆきんこです。るいさん、お元気そうでよかったです。
この頃、ゼミでは日本語のチェックが厳しく
「~い」で終わる形容詞で行動を表現するのはご法度なので、「じゃあ、優しいって行動ではどうなるの?」と考えています。それも案外身につけるのは、難しいことだな・・・と。
例えば、おなかがすいている誰かに、自分の食べ物を分けて
一緒に食べる。とか。
そうだな・・・自殺者の遺族が友だちだったり、実のところ、
それはうちの親族だったりするので、連日、自殺者が絶えないことは、当事者にとってはやりきれないことでしょう。
るいさんも、このブログを御覧のみなさんも、辛くなることもありけど、独りじゃないからね!
優しい人に出会えるまで、逃げられるだけ逃げて、探しに行こう!

to.のひめさん
いつもコメントをありがとうございます♪
お返事が遅くなり、スミマセン。

偉そうにいろいろ書いてますが、書きながら
自分に言い聞かせている部分がほとんどです。
人の振りみてなんとやら・・・いろんな出来事を目に、耳にするたびに
「私はああならないようにしなくちゃ!」と思います。

出来たら、「私もああなりたい!」という出来事の方が大歓迎なんですけどね(笑)
大人達に「子供に見られている」という意識が常にあれば、
私が書いていたことは、概ねクリアーできるんじゃないかと思うのですがどうでしょう?

自分の子供が大人になった時、日本がどんな国になっているのかが正直、不安なこの頃です(^^;
to.ゆきんこさん
いつもコメントありがとうございます♪
お返事が遅くなり、スミマセン。

優しさ・・・好感が持てるとか、心が温かいとか、優美な感じとか?かな?
確かに、そういうものって意識して行うものではなくて、
無意識のうちにやっているものなんですよね。
ということは・・・そもそもの気質が大事、ということになってくるのでしょうか。
子供の頃からの物事への考え方とかが大人になってから影響しているのかなあ?
記事で偉そうにいろいろ書いた自分が恥ずかしくなってきました(;^_^A

私の身辺では、自殺者やその親族、遺族の友人などはおりませんので
そういう方を身近に感じられている ゆきんこさんとは、
考え方に多少誤差があるかもしれませんね。

自殺・・・とまではいかないまでも、身近なところでは私の甥っ子が、
登校拒否になったり、理不尽な理由でいじめにあったりということがありますので、
決して他人事ではないなという気はしています。

親身になって一緒に考えてくれる人が周りにいるということ、
それすら気付かないぐらい精神的にダメージを受けている子供達(大人もいますが)に、
「世の中は決して捨てたものではない」っていうことをなんとか気付いて欲しいなって思います。

正直、私自身も過去に何度も死んでしまいたいという時期があったりしたので・・・
どんなに辛くても、時間と共に身の回りの状況は変化していくんですよね。
また、そうでなくちゃいけないと思うし。
今、この時の状況のためだけに自分を犠牲にするのはモッタイナイな、と思います。
死にたい気持ちになったら?
るいさん、こんにちは。
虐めの問題ともリンクしますが、「死ね」とか「ボケ」ということばが口癖のようになるのも、よろしくない言語行動だと思います。
るいさんも、過去に死にたくなったことが何度もあると述懐してくださいましたが、それをどう乗り越えたのか、周囲はそのときどうすればよかったのか、詳しく教えてくだされば嬉しいです。もちろん、こんなときは喋れないけど、こんなときは話せたとか。それが、当事者の方々の何よりの支援につながるのではないでしょうか。それが、難しいんですけどね。
休日は、家族でのんびりしてくださいね。

早死に志願
ゆきんこさん、たびたびのコメントありがとうございます♪

そうですね、言葉には魂が宿るといいますし、口癖のように
嫌な言葉を言われ続けた日には、言われた人は次第に
「自分はボケなんだ」「自分は死んだ方がいいんだ」などと
思い始めるかもしれませんね。冗談でもあまり言って欲しくない言葉です。

私がどうやって死にたい気持ちを乗り越えたかですが・・・
自分でもよく解らないんですよね。
以前書いたブログの記事(タイトル「早死に志願」)に、その答えがあるかもしれません。

精神的に辛かったのは、学生時代よりも学校を卒業して
社会に出てからの方が断然辛かったですね。
何度も死にたいって思いました。
その時の解決策は・・・逃げるが勝ちですね。
退職して要因となっている人物と会わなくなったこと。
性格上、周りに人には頼れませんでした。っていうか、
頼れるような人がいるほど、人間関係を構築できていなかったので。。。

質問の答えになっていなかったらスミマセン。
でも、こんな感じです(笑)

訪問ありがとうございます☆
online☆
現在の閲覧者数:
最新の記事☆
最近のコメント☆
  • 07/13:るい

  • 07/12:小林 一弘

  • 06/29:るい

  • 06/28:ケロ子

  • 06/28:るい

ブログ・ランキング☆
いつもありがとうございます♪





プロフィール☆

るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

☆来訪された皆様へ☆
当ブログはリンクフリーです。報告していただけると大変喜びます。★家族に内緒で開設しているため、家族が家にいる日は基本的に記事更新・コメントへの返信がほとんど出来ませんのでご理解ください。★当ブログ内の文章・画像などは無断で使用されないようお願いします。★宣伝やネットマナーに反するもの、私の嫌いな言葉遣いのコメントは管理人の権限で予告なく削除となりますのでご理解ください。
カテゴリー☆
緘黙仲間&お友達☆
月別アーカイブ☆
ブログ内検索できます☆
amazon

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。