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優しさを感じた時
私が中学1年生だった時の話です。

授業中、急に体調が悪くなり、なんだか吐き気を感じたりしてずっとうつむいた状態で授業を受けていた時がありました。体調が悪くても自分からは言えないというのが、緘黙児の一番の辛いところですよね・・・。

その時の授業は、担任の女の先生だったのですが、私の体調が悪いだなんて全く気付く様子もなく、淡々と授業は進行していきます。私はその時、一番後ろの席だったのですが、私のいる列の誰かが授業中にノートに落書きしていたとかで、先生が、「後ろの席の人、みんなのノートを回収して来て!」と言い出しました。私は体調が悪かったので(動けないよ)という意味で、「え?」という
表情で顔を上げたのですが、先生は私がノートを回収するのをためらっているだけだと思ったらしくて、「いいの、いいの、回収してきて!」と言うので、私は気力を振り絞り、ふらふらしながら立ち上がって、列の人のノートを回収して先生の机へ持っていったのですが、私が近くまで行っても先生は私の様子に気付くことなく、そのまま授業は終了したのでした。

私はもう、気持ち悪いし、体はだるいし、授業終了と共に机に突っ伏したのでした。クラスに友達がいないっていうのは、こういう時とても辛いですよね。机に突っ伏してから5分ぐらい経ったでしょうか。私のすぐ近くで、 「大丈夫?」 という男の子の声がしました。ぼ~っとしながら顔を上げてみると、同じクラスの男の子が1人、少し遠巻きでしたが、私に声を掛けてくれました。私は、とっさに「大丈夫」の意味で、首を縦に振ったところ、男の子は、何も言わずその場から立ち去ったのでした。

その後、どういう成り行きだったのかは忘れたのですが、私は保健室へ行き、保健室で1時間ぐらい休んだのかな。保健室の先生が私の容態を書いた紙を私に持たせ、「これ、担任の先生に渡してね」と言われたので、体調が快復して教室へ戻った時に、担任の先生に紙を渡したのははっきり覚えています。担任の先生は受け取った紙を見ていましたが、特に何も言わなかったですね。私も紙を渡すとそそくさと席に戻ったのでした。体調不良に気付いてくれなかった先生への軽い怒り/span>と共に。でも、いつも無表情の子が体調を崩したかどうかなんて、先生が気付くには至難の業だとは思います。一人一人のことをずっと観察しているわけじゃないし・・・

そんな中、私に声を掛けてくれた男の子には、本当に感謝しています。声を掛けてもらえたから、勇気を出して保健室へ行くことが出来たように思います。今思えば、あの男の子は私と違う小学校から来た子で、私に対する偏見がなかったから声を掛けてくれたんだろうなって思います。同じ小学校から来た子は、私はいつもあんな感じだと思っているから、誰も気にする様子はなかったので・・・。

緘黙児は辛い時も多々あるけれど、逆に人の優しさを感じる時も多々あるように思います。無言の私に話しかけてくれる子って、みんな根が優しい子だったもの。ほんの少しでも優しさを感じることが出来たから、私は登校拒否にはならずにすんだのかもしれません。でも今思うと、せっかく心配して声を掛けてきてくれた子がいたのに、素直に首を横に振って「大丈夫じゃない」ってアピールできなかったのは残念だったなって思います。

バリバリの緘黙児だったこの頃の自分は、友達がいない、周りからも孤立してるっていう自覚もしっかりあるだけに、周りに頼れない、1人で何とかしなきゃって決めているようなところがあって、周りに頼ることにすごく抵抗があったし、自分から避けているところがあるのに周りから避けられてると思っていて、近づいてきた人をとりあえず拒絶してしまう傾向が強かったな、と思います。当時の私に言ってやりたい。もっと気楽にしていいんだよ。もっと人を信用していいんだよ、もっと周りに頼ってもいいんだよって。なぜだかわからないけれど、当時は学校にいる人達全員を警戒して怯えていたような感じでした。だから小さな優しさになかなか応えられなかったんだね。大人になった今だからわかることってたくさんありますね。




テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

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(非公開コメント受付不可)

小さな優しさがとても心に響きますよね。
人の弱さに目を向けられる子ってそうそういません。

保健室の先生は、るいさんが説明できないだろうと
いうのでメモをしてくれたのかしら?
そうだとすると、とても嬉しいことですよね。

私の日記にも書いたことがあるけど、
小学校の頃、足を怪我した時に何も言えなくて、
しばらく冷や汗を垂らしながらガマンしてたんだけど、
どうにもガマンできなくて思い切って先生に言って保健室へ。
翌日、私の足はヒビが入っていて包帯グルグルで
すごいことになってるのを知った先生は一言、
「早く言ってくれれば良かったのに」でした。
とても寂しかったです。言えればすぐに言ってるよ!って
心の奥で反抗してました。。。
優しくすることが難しい社会
マスコミでは、教育改革が声高になっていますが、
るいさんの日記を読ませてもらっても、どれほどの現役の先生方が緘黙症の子どもたちの辛い思いに気付いているだろうかと思います。
現実には、人を押しのけてでも目に見える形で成果を出す者だけが認められる格差社会で、教職員に選ばれる段階で弱い立場の子どもたちに気がつく先生たちが既にスポイルされているのではないかと思ったりしました。40人という集団を率いるだけで、一人一人の心の機微までわかるのは難しいですよね。だからこそ、本格的に教育改革が必要なのだと思います。
当たり前の物なんてどこにもない・・
こんにちわ、~AOZORA~です。
私たちが普段当たり前と思っている物事って多いですよね・・・空気・水・朝起きること・夜眠れること・歩くこと・走ること・見たり、聞いたり・食べたり、飲んだり・・・でも、どれひとつとっても当たり前に存在する物なんてないんですね。失ってから気づく物、与えられなかったからこそ見えてくるもの・・・様々ですね。
すべては無常ということでしょうか。
だから、身の回りの些細なことに幸せを感じることも出来る、という物ですね。
もう、秋ですね。
物思いにふけるにはちょうどよい頃かもしれません、月の夜も良いくらいの明かりだし・・・
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to.野ウサギ。さん
コメントありがとうございます^^

小さな優しさって、本当に素敵だなって思います。
友達でなくても、たとえ知らない人でも、
気に掛けてくれる心が、とても嬉しく感じます。

保健室の先生がくれたメモは、私にも謎です。
私が緘黙児だということで書いてくれたのか、
生徒の容態を先生に伝える事務的なことだったのか・・・

野ウサギ。さんが怪我した時のお話、憶えています。
「早く言ってくれれば良かったのに」っていう言葉、辛いものでしたねi-241
野ウサギ。さんのことを理解してくれている先生だったら、
そんな言葉は掛けなかっただろうと思います。

現役の緘黙児達にこんな思いはさせたくないですよねi-191
to.ゆきんこさん
教育改革・・・改革していただきたいのは山々なのですが、
一体、どんな教育がそれぞれの子供達にとって最良なのか、
とても難しい問題ですよね。

もっと緘黙児に目を向けて欲しい!!とは思っても、
特別扱いされるのはいかがかと思いますし、
緘黙児に対して先生のどのような態度を期待しているのかと聞かれても、
正直、答えに詰まってしまうのが現状だと思います。

今、ふと思ったのは、「優しさ」がなんらかのキーワードにならないかな、ということ。
世の中、自分のことだけで精一杯の人が多いと思うんですね。
(もちろん、私もその1人ですが・・・)
そういう人って、自然と相手に対する思いやり、優しさが欠けて来るんじゃないかと思うんですね。

安定した気持ちを維持すること→優しさ に繋がるんじゃないかって思います。
世の中、気持ちが不安定な人が多いんじゃないかな。
世の中には、優しさが不足してるんですよ、きっと。
優しさが増えれば、子供達の情緒も安定するような気がしませんか?
そのためには、まず大人達が安定した気持ちを持てる環境を作る必要があるのかもしれません。

何を言いたいのか、わからなくなってきました、スミマセン。

to.AOZORAさん
コメントありがとうございます♪

当たり前の物なんてどこにもない・・・

ハッとさせられる言葉です。
今、自分がこうしていられることすら、感謝すべきことなのかもしれません。

”小さな幸せ”を身近に感じることができれば、
毎日が、本当に充実して来るように思います。
存在してくれるみんなに、毎日暮らせることに、感謝!!
そんな気持ちを持ち続けていけたらいいなって思います。

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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

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