64の命 

2006, 08. 24 (Thu) 18:33

緘黙の体験談ではありませんが、先日急に思い出した出来事がありましたので、
思い出として書かせてもらいますね。

・・・*・・・*・・・*・・・

私が小学5年生ぐらいの時のことです。

国語の宿題で、「地元にまつわる昔話を探す」という宿題が出されました。
昔話と言うことで、ずっと地元に住んでいる親やおじいちゃん、おばあちゃんに
話を聞くというのが宿題の目的でもあったように思います。

私も親に聞いて、昔話を書き留めたような気がするのですが、
どんな昔話を書き留めたのか、全く覚えていません。

数日後、みんなが昔話を集めただろうと思われる頃に、
国語の授業中に1人ずつ集めた昔話を発表することになりました。

席順に指名されて発表することになり、私は最後の方だったので、
他の生徒の発表をずっと聞いていたのですが・・・
私は、ある生徒の昔話を聞いて、すごくびっくりしたのを覚えています。

その子が発表した昔話を、うろ覚えですが書いてみますね。

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「64の命」

昔々、地元に「鶴山亀吉」という、とても力の強い人がいました。
彼はとても力が強く、いつも力自慢ばかりしていました。
力が強い証拠として、とても重い米俵を2つ背負い、
下駄を履いたまま、村じゅうを歩き回って見せたそうです。

けれど、亀吉の家系では、”64歳で亡くなる”という噂があり、
彼の父親も、祖父も64歳の時に亡くなっていたのでした。

そして、亀吉自身もまた、64歳でこの世を去ったそうです。

(おわり)


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たしか、こういう内容の昔話だったと思います。
この昔話で、なぜ私がビックリしたのかというと、昔話に出てきた鶴山亀吉(仮名)は、
なんと、私の母方の祖父だったからです。

まさか地元の昔話で、自分のじいちゃんの名前が出てくるとは想像もしていなくて、
ただただ、すごくビックリしてしまったのでした。
しかも、その時点でじいちゃんは健在だし。(当時70歳ぐらいだったと思います)

だから、私の発表の番が来たら、
「さっきの昔話にできてた鶴山亀吉は私のおじいちゃんだけど、まだ生きてます」
ってクラスの前で言おう、言わなきゃ、じいちゃんが64歳で死んだことになっちゃう!
って真剣に思ったんですよね。

だから、私の発表の番になるのをこの時ばかりは早く来ないかなって思っていました。
そして、次は私の番!!っていう時になって、なぜか先生が私を指名せず、後ろの子を
指名したんです。それからは、私が発表する機会がないまま、授業は終了してしまいました。


たぶん・・・私の様子がいつもと違うことを察したT先生が、私の番を飛ばしたんですよね。
(発表したくないのだろう)と解釈して、気を利かせたのかもしれません。
でも、この時ばかりは発表したかったなあ。

当時、クラスでは、先生に対して毎日日記を提出する決まりになっていたので、
私のその日の日記で、「あの昔話に出てきた鶴山亀吉は、私のおじいちゃんです!」
って書いた記憶があります。戻ってきた先生の返事は、

「とても力の強いおじいちゃんだったんですね。」

みたいなことが書いてありました。
「だったんですね。」って。・・・・まだ生きてるよーーーー!!

私はおじいちゃんが64歳で亡くなったと思われているのが、今でもちょっと心残りです。
まだ生きてたのに、なんで昔話にされちゃったんだろう、うちのじいちゃん

当時、母親に「昔話の宿題で、うちのじいちゃんがでてきたんだけど」
と話した記憶があります。母は、「確かに力持ちだったけど~、そういえば、
米俵を担いで歩いた時もあったような気がするなあ」なんて話してました。


ちなみに・・・鶴山亀吉じいちゃん(仮名です)は、私が高校2年生の時に亡くなりました。
長生きした方だったと思いますよ。

この季節だったからかな。
こんなことがあったなあ、なんて思い出したので書かせてもらいました。

この話でまた鶴山亀吉じいちゃん(仮名)との思い出を思い出したので、
後ほどUPさせていただきますね。




コメント

野ウサギ。

昔話にまだご健在のおじいちゃまが出てくるなんて
ちょっと複雑な気持ちになりますね。。。
でもその昔話の情報源は一体どこだったんだろうね(笑)。

それにしても、何でるいさんを飛ばすのよ、先生!
そういう特別扱いってイヤですよね。

出来れば言いたくないけど、どうしても今言っておかないと
気がすまない時ってあるのよね。
私も時々あるんだけど、そんな時は発言するタイミングを
計るのに必死で、いざその時になると、
頭が真っ白なんて事も(爆)。

2006/08/24 (Thu) 19:55 | 野ウサギ。 | 編集 | 返信

ゆきんこ

亀吉じいちゃんは、はっぴーです!

ちょっと、先生の立場になって書かせてもらいます。
緘黙症児ってどうしてあげたらいいのかって、
結構その時、その瞬間の行動の選択に悩んでおられると
思うんですよね。心ある先生ならば。
特別扱いしない方がいいのか、するのならどうすればいいのか?

私もしゃべりたいことや、頭の中で渦巻いていることがありすぎて、現実では納まりきらないから、誰も読んでくれないほどの分量を書きなぐっているわけで・・・

でも当てられた途端、「しゃべれないのわかってて当てないでよ!」と怒っていることもあるでしょう?

あ!思いついたのは、紙に書いてもらいそれを先生が回収して均等に「次はるいさんの読みますね。」と読み上げて、感想を言い合うのってどうでしょう?

2006/08/24 (Thu) 21:26 | ゆきんこ | 編集 | 返信

るい

TO.野ウサギさん。

そうなんですよ、情報源はどこだったんだろう??(笑)
全くもって不明ですv-292

”発言するタイミングを計るのに必死”っていうの、私もよく解ります!
気持ちだけ焦って、口だけパクパクしてしまう時もあります(笑)
すんなり話せる人って、それだけでもストレスが半減してるんだろうな~。

2006/08/26 (Sat) 07:01 | るい | 編集 | 返信

るい

TO.ゆきんこさん

先生の立場でのコメント、ありがとうございます♪

確かに、先生方にとっては情緒障害の子供に対しての
接し方のマニュアルっていうものが特に存在していないだけに、
どう接したらよいのか頭を悩ませているんだろうなって思います。
最悪、先生が緘黙児に対してノータッチのパターンもあるかもしれませんね。


>私もしゃべりたいことや、頭の中で渦巻いていることがありすぎて、現実では納まりきらないから、誰も読んでくれないほどの分量を書きなぐっているわけで・・・


それって、ありますよね!私も同じパターンですよ。
私も日常生活で言えなかったり、言い足りなかったりすることが多いので、
ブログを3つも立ち上げてそれぞれで書きまくっているわけですが(笑)


>でも当てられた途端、「しゃべれないのわかってて当てないでよ!」と怒っていることもあるでしょう?


緘黙の度合いによっては、そういうこともあるでしょうね。
私自身のことで書くと、授業中の発言は問題なく出来ていましたので、
「当てないでよ!!」っていう気持ちはなかったんですよね。
だから、指名を飛ばされたことに逆に違和感を感じましたね。
それこそ、差別されたっていう感じ?

そういう感覚は、さすがに先生も理解しかねる部分だとは思いますけど。。

2006/08/26 (Sat) 07:12 | るい | 編集 | 返信

ゆきんこ

なるほど~。

コメントで詳しく解説してもらってよかったです。
相手の微妙なノンバーバル(ことばでない)表情や気持ちの
理解って、本当に難しい。
日常のなかでは、失敗ばかりです。
けれども、豊富な知識を伝授する前に、いやそれ以上に一般の先生方には普通の子どもたちと同様に、公平に特別な子どもに配慮しながらクラス運営をすることのご苦労もあるのだと
思います。るいさんのそうしたありのままの実体験が、現職の
先生方の理解につながるといいなと思います。

ところで、今日は私のブログにオリオリ先生からコメントが入っていました。先生のブログにも書き込んでみたので、お返事が楽しみです。

2006/08/26 (Sat) 22:40 | ゆきんこ | 編集 | 返信

るい

to.ゆきんこさん

私の体験談が、果たして誰かのお役に立てているかは不安なのですがi-229
こういう人間もいるんだぐらいに思っていただけただけでもOKかなとは思っています。

でも時々、自分はなんでこんなに体験談や思い出を大量の時間を割いて
書き綴っているんだろうって思うときもあるんですよ。
書いてみたところで過去はやり直せないし、意味がないんじゃないかと。

「緘黙症の知名度UP」とかなんとか言いながら書き綴っているけれど、
ぶっちゃけ、自分という存在を認めて欲しいという心理が働いているのかも知れません。
ずっと透明人間のように過ごしてきた日々を、人間として残しておきたいのかも、なんて。

オリオリ先生からお返事がありましたか?
ゆきんこさんのブログへ様子見に行くとします(笑)

2006/08/28 (Mon) 08:41 | るい | 編集 | 返信

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