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2017/06
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学校を楽しいと感じた時
またまた小学校時代の話です。私の場面緘黙は小学生の時がピークだったので、
小学校時代のエピソードが多いですね。

何度かブログにも書いてきたK先生が担任だった小学4年生も終わり、
私は小学校高学年の5年生へと進級しました。
5年生になると担任の先生が替わり、男の先生(以下、T先生)になりました。
T先生は、どの生徒に対しても平等な態度で接してくれ、私は小学4年生の時に比べ、
過度な緊張もしなくなり、少しずつ学校でもリラックス出来るようになった気がします。

どういうきっかけだったのか忘れたけれど、5年生になってずっと1人だった私に
親しくしてくれる同級生の女の子が数名現れました。
私は普段声は出せなかったけれど、笑顔を出すことは出来たので、
女の子達とふざけてはニコニコ笑う日がだんだん増えていきました。

女の子達とふざける・・・といっても、声が出せないので、誰かの消しゴムをちょっとだけ
隠してみたりとか、他愛のないイタズラが多かったかな。それでも、楽しかったですね~。
授業中に紙の切れ端に書いた伝言が回ってきて、先生に見つからないように回したり。
一度、私が授業中にイタズラしているところを偶然T先生に見つかって、目配せで(ダメ!)
と注意されたりして。今思えば、優しい先生だったな。

この頃、生まれて初めて学校が楽しい!と感じていました。
自分でも、わくわくしながら教室へ続く階段を登っていたのを思い出します。
今までが変化のない毎日だっただけに、ちょっとしたことがすごく楽しく感じました。

6年生に進級しても、クラスのメンバーはそのまま。担任の先生も持ち上がりでT先生。
5年生、6年生の頃の小学校生活は、周りに友達らしき子がいたので比較的楽しく
過ごせたように思います。けど、誰かとペアになって・・・だとか、グループで行動なんて
時は、基本的には1人だったんですけどね。

女の子達との友人関係は、中学生になっても続くと思っていました。
けど、現実は厳しいものでした。中学生になってからの様子は、
以前ブログに書いた記事「お別れの印」に繋がります。

今思えば、5年生になって急に親しくなれた女の子達って、T先生に頼まれて私に
近づいてくれたのかもしれませんね。当時の私は、そこまで深く考えずに、純粋に
楽しんでいたのだけれど。。けれど、約2年間、この女の子達と付き合えたおかげで、
私の緘黙症状は少しずつだけれど緩和されたことは確かなのです。

子供を成長させるためには子供同士の関係が一番なんだなって、今となっては
すごく実感しています。大人と子供では物事に対する視線がどうしても違ってくるものだ
と思うし、いくら大人が親身になって子供に接しても、子供には子供を通じてしか
感じることのできない特別な”何か”があるんだろうなと思います。
大人だけの力では及ばないことが、子供の世界にはあるんでしょうね。

(2008年1月 微妙に追記・修正を加えました)


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テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

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お人形はどこかしら?
「お別れの印」も合わせて読ませてもらいました。
るいさんの実家に大事にしまってあるんですね、お人形。
私の座右の銘は「終わりよければ全て良し」なんですが、
笑顔やイタズラまでできるようになった最終学年が楽しい思い出でよかったですね。今は大人として時々、子どもたちとかかわらせてもらっていますが、るいさんの仰る通り、子供同士の楽しい関係を壊さないようにそっと見守ることが大切なのでしょうね。
不思議ですが、この頃母校の小学校付近に出没しているせいか、るいさんのお話を読ませてもらって当時の同窓生のことを思い出しました。懐かしいなあ・・・
ゆきんこさんへ
コメントありがとうございます♪
関連記事の方まで目を通していただき、ありがとうございます♪

あの人形は、岩手にある実家の私の部屋にあるはずなんです。
岩手には、かれこれ3年近く帰省していないので・・・・
前回帰省した時には、人形のことはノーチェックでしたi-229
たぶん、あそこにあるだろう・・っていう場所は把握してますので、
帰省した際には、写真撮ってきますね。(いつのことやら・・・)

ゆきんこさんの座右の銘「終わりよければ全て良し」って、いいですね!
トータルで見れば、楽しかった(ような気がする)小学校高学年時代ですが、
中学に入った途端、縁を切られたということは、やはり女の子達は、
T先生に「るいさんと仲良くする」という契約を結んでいたのかなって思います。
それが、小学校卒業で契約終了したっていうことなんでしょうね。

ずっと友達のふりをしてくれていたことを思うと、
中学を機に現実に戻してもらえたことは良かったのかもしれません。
後ほど書くと思いますが、中学2年生の時に本当の友達と出会うことになるので。

母校って、何歳になっても懐かしいですよね(笑)
私の母校は遥か彼方なので、時々学校のHPを覗いては懐かしんでいます(笑)
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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

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