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RA・SHI・KU

”中間族”な私の、緘黙症・恐怖症などの体験談・過去の思い出、自己分析を兼ねて自分なりに調べた情報、子宮筋腫の通院の話、中学で不登校を経験した息子の幼少期から現在の近況など。自分らしく生きていくことを目指しています。

 ヤスコのこと

今回は、ヤスコ(仮名)のことを書きたいと思います。

ヤスコと初めて会ったのは、私が4,5歳の頃かな。岩手にある私の実家の前には、車がやっとすれ違うぐらいの道路を挟んで、畑が広がっていました。その畑は、冬場は使われていないのですが、夏場は家畜用のトウモロコシが所狭しと育てられ、収穫の頃には、その畑の持ち主Fさん一家がやって来て、忙しそうに働いていました。そのFさん一家の娘さんがヤスコでした。

私の母が言うには、ヤスコは私と同い年とのことで、私もいつしかヤスコが家の前の畑に来るのが楽しみになっていました。子供の少ない田舎のことだから、同じ子供ということで意識してたのかもしれません。

経緯はわからないけど、ヤスコと家の前で一緒に遊んだ記憶があります。私が覚えているのは、私がどういうわけか骸骨の手足が動くキーホルダー(そんなにリアルじゃないやつ)を持っていて、それをヤスコと一緒に動かして遊んだ記憶があります。会話した記憶はないですね。なんとなく雰囲気でお互い近づいて、一緒にそこにいたって感じでしょうか。Fさん一家が畑で働いている間だけ、しかもほんの短時間しか一緒に遊べないのだけど、それでも、畑仕事のある日は会うのが楽しみでした。

ヤスコは色黒で痩せていて、畑の手伝いをしているせいか、手、足、顔、服、全部土まみれだったような記憶がありますね(笑)私の母は、ヤスコのことを「土だらけで汚い子だ」と言っていました。でも、私はそんなヤスコが羨ましかったな。私は子供の頃から神経質で、ちょっとでも汚れるのを嫌っていたので、全身土だらけになったことがなかったから。真っ黒な姿で、笑うと白い歯が目立っていたのがとても印象的でした。

畑仕事がある時にしかヤスコとは会えなかったので、その年の畑の仕事が終了すると、私とヤスコは来年のこの季節まで会えなくなるのでした。今思えば親に聞けば、ヤスコの自宅がわかったのかもしれないけれど、こちらから会いに行くほどの行動力は私にはなかったし、ヤスコに対しての思い入れもそんなにはなかったのかな。

こういうヤスコとの関係が2年ほど続いた後、私は保育園に入園しました。保育園でヤスコに会えるかなと思ったのですが、ヤスコは家庭の事情で保育園には入園しなかったのでした。もしかして、ヤスコが保育園に入園していたら、私は緘黙を発症しなかったのかなっていう気もするのですが。。。

結局、私が園児だった1年間は、私が日中のほとんどを保育園で過ごしていたため、夏場に畑に来ていただろうヤスコには会うことが出来ませんでした。私は私で入園を気に場面緘黙を発症してしまったので、もしヤスコに会えてたとしても、前みたいに遊べなかったのかもしれませんが。

翌年、私は保育園を卒園し、小学校へ入学しました。ヤスコは?ヤスコも入学してる??特別執着はしていないつもりだったのだけど、ヤスコの姿を探している自分がいたのでした。

いた!ヤスコはいました!

私と同じ小学校に、ヤスコは同じ小学一年生として入学していました。けれど、嬉しかったのは束の間。久しぶりに会ったヤスコは、私のことには全く気付かずに、他の女の子達と楽しそうにしていたのでした。私は小学生になっても緘黙症状を引きずったまま。なので、ヤスコに対してなんのアクションを起こすことなく、起こせるわけもなく、月日は流れたのでした。

お友達が「ヤスコーーー!!」と遠くからヤスコを呼ぶ声がします。「な~に~ーーー!!」と応えるヤスコ。学校での何気ない光景。

私だって、心の中でいつもヤスコのことを呼んでいたんだよ。ヤスコのことは、みんなよりも先に私の方が知っていたんだよ。ヤスコの小さい時も知ってるんだよ。私の方がみんなより先にヤスコと友達になったんだよ。

声にならない私の声。
ヤスコを学校で見るたびに心の中で思っていた私の気持ちは、そのうちただの言葉になり、ただの文字の羅列になり、そして、いつしか私の心は無心になっていました。なんの行動も起こせない私は、心を無にするしかなかったのでした。

ヤスコとは中学まで同じ学校だったのだけど、結局言葉を交わす機会もなく、今に至ります。最後に会ったのは、二十歳の成人式の時。田舎なので、夏の成人式だったのですが、ヤスコは1人だけ振り袖を着て会場に現れ、注目を浴びていました。

カメラを向けられ、色黒の肌に白い歯をにっこりと出して微笑んでいるヤスコ。あの時、私と遊んでいた時のように。あの時と違うのは、ヤスコの中には私の記憶が全くないっていうこと。ヤスコのことは、私の心の奥にしまっている遠い思い出です。

(2008年1月 微妙に追記・修正を加えました)



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4 Comments

ゆきんこ  

ランキングにクリックしましたよ。

こういう存在の女の子っていますよね。
ある意味、自分と正反対の憧れの女の子。
田原俊彦が歌っていた「にんじん娘」を想像しちゃいました。
(旧かった!?)
今でも「人気者にはなれない」「主役にはなれない」という諦観とか僻み根性が顔を出すわけです。
でも、このブログの主人公はるいさんなんだから、ヤスコさんを貴女の引き立て役にしちゃえばいいんじゃない?
「ヤスコ、あなたの心のなかに私を入れる余裕はなさそうだけど、私の方が大人になってもずっと貴女を胸に閉まっておける包容力があるんだからね。」

2006/06/03 (Sat) 18:40 | EDIT | REPLY |   

るい  

ありがとうございます!

ゆきんこさん、お久しぶりです。
いつもコメントをありがとうございます♪

私はどうもネガティブ思考が強いので、”ヤスコに忘れられた”ことに重点を置きがちなのだけれど、ゆきんこさんの仰るように、
”ヤスコには忘れられても、このことをずっと胸に閉まっておける自分”にもっと気付くべきですよね。ゆきんこさんのコメントにはいつも気付かされます。感謝、感謝・・・

田原の俊ちゃんですか(笑)懐かしい(笑)
私はたのきんトリオではマッチが好きでしたね。(誰も聞いてませんが(笑))

確かに、「人気者にはなれない」「主役にはなれない」っていう気持ちはありますよね。こういうことを書くと矛盾してると思われるのと思うのですが、私自身、本当は目立ちたがり屋のような気がしています。

内面は目立ちたい、けれど、外面は目立ちたくない。。。そんな矛盾を抱えたまま大人になったような気がします。内面で思ったことをすぐに行動できる自分がいたなら、今とは違った人生があったのかもしれませんね。今の自分を全否定するつもりはないですが(笑)

2006/06/04 (Sun) 07:17 | EDIT | REPLY |   

ゆきんこ  

忍者が素敵!

自分のブログでも綴ったことがあるのですが、みんながみんな主役だと、とんでもないことになりませんか?
私も高校時代の演劇部ではいつも照明係や音響係だった。
 みんなのお陰でひとつの舞台が成立していることに気がつけば、主役だけがそんなに威張ったりするのはおかしいでしょ?
目立とうとすることを否定しながら、「しゃべらへんやん」って気を惹くことができるなんて、忍者みたいでイケテル演技力だと思いませんか?

2006/06/05 (Mon) 21:40 | EDIT | REPLY |   

るい  

それはそれで、かっこいい!

みんなそれぞれ役割があって、それを精一杯こなしている。
目立つ人も目立たない人も本当はみんな主役なんですよね。
華やかな場所が特に目立つだけで・・・

ちょっと例えが違うかも知れませんが、幼稚園のお迎えに行くと、
いつも周りを人に囲まれて、わいわいガヤガヤ、楽しそうに世間話をしているママさんがいて、
私はいつも(いいなあ、羨ましいなあ。。。)と思うわけですが、
周りをよく見ると、1人でもかっこよく凛としているママさんもいるわけです。
それはそれで、(クールでかっこいいな~)って憧れるわけです。
そんな時、目立っている部分にだけ目を奪われないで、いろんな所に気付ける自分になりたいなってすごく思いますね。
自分をしっかり持っていれば、どんな状況でも主役でいられるのかなって、
ゆきんこさんの書き込みで感じました!

2006/06/07 (Wed) 10:43 | EDIT | REPLY |   

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