私が『緘黙症』という言葉を知ったのは、2001年3月頃のことです。ネットで”対人恐怖症”をキーワードにいろいろ検索していたら偶然見掛けた言葉。症状を読み、「これだ!!」と叫びそうになりました。

『場面緘黙症』・・・まさに、私が子供の頃の症状にぴたりと当てはまっていたのです。私の人生において、これはものすごい大発見でした。私の説明の付かなかった症状が世の中においてきちんと説明され、研究されていたとは。私は変人ではなかったという事実。目の前がパッと明るくなったような気がしました。

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私はしゃべらない子供でした。とは言っても、言語障害があったわけではなく、特定の場へ行くと言葉を発しなくなる。そう言った方が正しいと思います。私に初めてこの症状が出たのは、保育園へ入園した時でした。突然の大人数に圧倒された?新しい場所に 驚いた?私の記憶も定かではありません。ただ、誰かと会話することはありませんでした。 自分の意思表示の手段として、首をタテ・ヨコに振る『首振り動作』をやり始めました。

小学生になってもこの症状は続きました。名前を呼ばれた時の返事や授業中に先生に指された時の受け答え、教科書の朗読などは出来たのですが、その他の場面では首振り動作での対応がメインとなっていました。

授業の合間の休憩時間は、何をするでもなく、ただじ~っと静かに自分の席に座っていました。そのことをなぜか知っていた母には時々、「黙ってイスに座って卵でも温めてるんじゃないの?」とか、「その口は給食を食べるためだけにあるんだよね」というようなことを言われた記憶があります。言い方としては決して嫌みではなく冗談っぽく言われていたので、傷ついたりはしませんでしたが、母なりに私のそんな私の症状を心配していたんだと思います。

低学年の頃は、それに加えて吃音の症状もありました。話し始めの言葉がなかなか出てこなかった記憶があります。吃音に気付いた隣の席の子に真似されたりバカにされたこともありましたが、いつの間にか治っていました。

高学年になると、親しくしてくれるクラスメイトが現れ、言葉は出ないままでしたが、時々笑顔を出せるようになりました。この時期、生まれて初めて学校へ行くのが楽しいと感じました。

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中学生になってもこの症状は続いていました。中学に進学した途端、小学生時代に一番仲良くしてくれていた子に突然無視されるようになり、私は学校で笑顔を見せることは無くなっていました。

そして、中学2年の時。クラス替えがあり、ある1人のクラスメイトと出会いました。彼女は私に「友達になりたい。」と言ってくれました。なぜ彼女が私と友達になりたいと思ったのかは、今でもわかりません。けれど、「友達になりたい」と言った彼女の言葉は決して嘘ではなく、何も話さない私を全く気にしていない様子でいつも誘ってくれ、私と一緒にいてくれました。そんな彼女と接しているうちに、私の緘黙症状が次第に緩和していきました。まるで、ものすごい吹雪の中にあった氷山に突然の晴天が訪れ、氷が少しずつ溶けていくように。。。

彼女と知り合って約1年後には、彼女の前でなら普通におしゃべりが出来るようになり、普段の自分でいられるようになっていました。彼女以外のクラスメイトとは、首振り動作に加え、単語での会話が可能になっていました。

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高校生になりました。私は地元の高校へ進学。私に「友達になりたい」と言ってくれた彼女は、家庭の事情で進学しませんでした。心細かったのですが、中学の時に彼女を通じて顔見知りだったクラスメイト1人と急速に親しくなり、気軽に会話が出来るほどの友達になりました。

緘黙症状はまだまだあるものの、中学で友達になった彼女、高校で友達になったクラスメイト以外の人とも簡単な会話が可能になっていました。簡単な会話が出来るようになってくると、いつの間にか首振り動作はなくなっていました。少しずつ学校で会話が出来るようになってくると、もっといろんな人とおしゃべりがしたいという気持ちになり、某通信教育の会報にて文通相手を募集して、複数の人と文通を始めたりもしました。

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私にとって緘黙症状が出る特定の場は、保育園・小学校・中学校という集団の場でした。集団の中では、自分から動かない(動けない)、自分から話しかけない(話しかけられない)状態でしたが、帰宅後は、学校で話せない分を補うかのようにしゃべり、「うるさい!」と怒られたりしていました。近所の子と遊ぶ時はリーダー的存在でもありました。

授業で先生に指された時などは、なぜか普通に発言することが出来たので、その点は救いだったなと感じています。緘黙児の特徴でも挙げられていますが、私もこんな状態にも関わらず、登校拒否することなく、皆勤でした。

他のクラスメイトと同じように、友達同士でおしゃべりしたり、ふざけたり、笑い合ったり・・・そういうことにずっと憧れていました。学生時代にそういう付き合いがなかったこと(出来なかったこと)は、今振り返ってもとても寂しいものでした。あの無口だった時期を、もっといろんな人達と会話をしたり、接していたら、今とはもっと違う視野で世の中を見たり、もっとたくさんの世界を知ったり、もっと違う生き方をしていたりしたんじゃないかとか、色々と思ってしまいます。

私の場合、体格が良かった(笑)のと、ある程度勉強が出来た(自分で言うな!)のでイジメの対象にはそれほどなりませんでした。けれども、しゃべらないということで「汚い」「気持ち悪い」「変な人」などと言われたことは何度もあります。 また、小学4年の時の担任だった先生には、ターゲットにされてよく罵声を浴びせられました。新任で初めて担当したクラスだったので、その先生にとって私の存在がとてもやりにくかったのだと思います。20年以上前のことなのに、今でもその先生の名前はしっかりと覚えています。

表には出しませんでしたが、私は負けん気が強かったため、誰かに言われたこと、やられたことに対して内心、闘志をふつふつと燃やしていました。「こいつら、何言ってんだああ!」 ・・・全て心の中で言ってるんですが(^^;私にとってはこの”負けん気”が、自分という存在を保つ上でとても大事な役割を果たしてくれたように思います。
何を言われてもそんなに落ち込むこともありませんでした。常に無感情だったため、イジメだとも感じませんでした。(数年経ってから、「もしかしてイジメだったのかも?」と思ったぐらいです)

高校を卒業後、すぐに社会人となった私ですが、社会人になってからも随所で緘黙症状は出てきて、おかげでいろんなことを経験しました。社会人になると学生の時のような対応では対処できなくなってくるので。。
主婦になった今でも、見慣れない場所に行ったり見慣れない人の中にいたりすると異様に無口モードに なってしまうのは、あの頃程ではないにしろ、緘黙症状が未だに尾を引いているんだと思います。人間ってなかなか変われないものなんですね。だからこそ、子供の頃・・・早期に周りの大人達が気付いて対処してやることがとても大切だと実感しています。子供の頃の影響はとても大きいのです。

今現在、緘黙症状と共に学校生活を送っている子供達、その中の1人でも多くの子が、一日でも多く楽しい学校生活を送ることが出来るよう、心から願い、そして応援します。せめてこのページを読んで下さった人達がほんの少しでも緘黙症の症状の存在を気に留めてくれ、理解しようと努めて下されば、とても嬉しく思います。
緘黙症のことが広く世間に浸透しますように・・・・。




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