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2017/06
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音楽のテスト
小学4年生の時の話です。

ある日、音楽のテストがありました。どんなテストかというと、教室の席順に沿って1人ずつ立ち上がり、その場で歌うというテストでした。周りでみんなが聞いているわけで、普段声を発する機会のほとんど無い緘黙児にとっては、本当に拷問のようなテストでした。

それでも、自分なりになんとかクリアしたいと思い、順番を待っている間、「ダイジョウブ、ダイジョウブ・・・・」「スグオワル、スグオワル・・・」などと、心の中で繰り返していたのでした。けど、心臓は既に爆発しそうなぐらいドキドキ。

そして、私の番が来ました。私はすくっと立ち上がり、歌い始めました。出だし好調。けど、歌いながら私の心の中では、葛藤が生じていました。

(歌い切らなきゃ・・・)(でも、歌いたくない・・・)

自分の中で葛藤が続き、そして途中から涙が溢れてきて、歌えなくなってしまいました。たぶん、(歌いたくない)という気持ちと、無理に声を出していたので限界が来てしまったんでしょうね。私はその場に立ちすくみ、担任のK先生に「はい、次!あなたは立ってなさい。」と言われ、そのまま残っているクラスメイトのテストが終了するまでずっと立ちすくんでいたのでした。

途中までは順調だったんだけどなあ・・・。普段の会話さえままならない人が急に人前で歌うっていうのは、到底無理な話だったのかもしれません。けど自分自身としては、歌うのも聴くのも基本的には好きなんですけれどね。

1つだけ救いだったのは、私の後にテストに臨んだクラスメイトの中にも、男の子が1人、やっぱり歌っている途中で泣き出して歌えなくなり、その場に立っている子がいたので、自分と同じ心境の子がいたんだと思い、多少ホッとしたような思い出があります。

この音楽のテストがあったのは1学期だったと思うのですが、3学期にもまたクラスの前で1人ずつ歌わされるテストがありました。給食の時間に1人ずつ前に立たされて歌ったのだけど、前回嫌な思いをしたので、前回と全く正反対なことをしようと考え、大きな声で歌いました。給食を食べていたクラスメイトが食べるのを止め、歌っている私の顔を見るぐらいの大声で歌いきったのでした。その後のK先生の一言。

「やれば出来るんじゃない。」

ぼそっと吐き捨てるように言われました。その言い方は、(最初からそうやって歌えよ)っていう心の声が聞こえてくるようでした。この時の担任のK先生には、ことごとく目の敵にされていたので、今後もたびたびK先生が出てくると思います。


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テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

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(非公開コメント受付不可)

「やればできるんじゃない」
励ましのことばが仇になるんですよね。
未だに、るいさんにとって苦い思い出しかないK先生って、
他の仕事の方がよかったんじゃないでしょうか?

私も言われましたよ。大学指導教官に
「全然しゃべれないじゃない」「なんだ書けるんじゃない」って。
一生、忘れないことばです。(ちょっとスッキリ)
保育士時代の「できる・できない」で子どもたちを見ていた
時代を反省すると共に、まだ教育者のなかで
「この人たち本当に子どもたちのこと、わかってるかしら?」
と2ヶ月ぶり会った諸先生方とオリエンテーションに参加しました。
自分は評価されても相手にはしたくない。K先生みたいになりたくないから「せんせい」と呼ばれる仕事を辞めたのかもしれません。たくさんの気付きをありがとうございます。
励ましたり褒めたりするために発した言葉が、相手がどう感じるかによって嫌みに聞こえたり嬉しく感じたりするんですよね。ちょっとした話し方、仕草・・・そういった細かい部分を子供はしっかり見ているんですよね。そして、そういうことに敏感であろう緘黙児ならなおさら。

複数の子供達を相手にしている先生だって人間だもの、全ての子供達の気持ちを察することなんて不可能だとは思うけど、先生にとっては気付いていない、気にしていなかった些細な出来事をずっと胸にしまい込みながら大人になってしまった子供もいることを知って欲しいし、そういう状況もあることを察して欲しいと思います。(現職の人達に言いたいです)

でも、そういう気持ちを察することの出来る先生って、ゆきんこさんみたいに辞めちゃうんだろうなって思うと・・・色々考えていたら先生っていう職業は続けることが出来ないぐらい難しい立場なんでしょうねi-238
う~ん、、、そうですね。教師は簡単な仕事ではないことは確かです。それはどの先生も口を揃えて言ってますからね。
るいさんは私のことを買い被ってくださってるようですが、本当に
いい教師モデルというのもよくわからないです。
一応、理想の教師像なんてのも、大学では習ったりしますけど、
その子と保護者が「この先生いいな~」って思ってくれたらそれ
でいいんじゃないかと。
「親も先生も完璧じゃないんだな。」って子どもの側にも
達観できてきたら、(そんな子は珍しいかな?)怒りも緩和されたり、ちょっと歩み寄りとか譲歩とか、ココロも成長させられるかも知れませんね。
それには、先生にも「よく話を聞いてくれているな」とか、
「こんなことあの子に言ったけど、どうだったかな」とか振り返って
等身大の真摯な態度であって欲しいですね。
先生方にもこのブログ本当に見てもらいたいです。
学校で話してもいいかしら?
私も歌のテストは、本当に死ぬかと思うほど心臓がバクバクしました。
二度目のテストで大声で歌えたるいさんもすごい!先生はるいさんの決心を理解してくれなかったんですね。。。心から認めてくれたら、また大きな自信に繋がったのに・・・。

私は今、小学校に通う子供が居るので、先生との関係も結構悩みますよ(笑)。親が良いと思っている先生は必ずしも子供にとっていい先生ではないのよね。子供が良いという先生は親に評判悪かったりして(苦笑)。親の目を気にせずに生徒と向き合える先生がいいんだろうけど、今は親とも上手く付き合って行かなければならないし、大変でしょうね・・・。

ただ、やはり子供が良いという先生が一番。
私が子供の頃を思い出すと、緘黙児にとっての良い先生って本当に数えるほどしか居ない。。。今思うといわゆる【熱血先生】って感じの人かな。ただ怖いだけじゃなくて、ちゃんと向き合ってくれる先生。できない事がやれるようになった時に涙流して喜んでくれる先生!今年の子供の担任がそんな感じの先生です。
小3の娘が緘黙なのですが、去年の担任の先生はまさに「やればできるのに」を連発する人でした。普通の生徒さんならどれくらいできるのか、理解してるのか、上手く歌えるのか等問題にするのでしょう。

しかし特に緘黙の子どもにとって、それはどうでも良いこと。
どんな場面でも、まず人前で勇気を出して声が出せたとか、思いを伝えられたという事を1番に評価してほしいところですよね。

「やればできるじゃない」より「がんばったね」の一言で、どんなに救われるか・・・
>ゆきんこさん

そうですね、確かにちょっと買い被ってしまったかもしれません。なんだかんだ言って、自分のことは自分自身が一番わかっているものだと思うし、私の感じたイメージをゆきんこさんに押しつけてしまい、大変失礼しましたi-230

いい教師モデルって、個人個人の受け取り方でコロコロ変わるだろうし、統計やアンケートをとったところで、決して100パーセント参考にはならないですよね。

一般的に理想とされる教師像って、意外と学園ドラマの世界の先生とダブったりすることが多いのかもしれませんね。でも、実際にはあんな先生いないよ!っていうことも数多く・・・

先生方の本音って実生活ではほとんど知るチャンスってないですよね。だから、ゆきんこさんのブログやコメントなどから想像して・・・ゆきんこさん=理想の教師像に感じてしまったのも事実です。

このブログは、緘黙症の知名度UPのためにと思い開設しましたが、はっきりいってどういう方向に持っていこうかまだ中途半端な状態なので・・・・それでも、もし少しでも参考になりそうでしたら、どうぞ学校でお話してもかまいませんよ。ちょっと(かなり)緊張しますが(笑)

ゆきんこさんのコメントにはいつも考えさせられます。
こういう機会でなくちゃ、ふだんあまり考えたりしないもので、ゆきんこさんには感謝、感謝ですi-237
>野ウサギ。さん

この音楽のテストの記事ですが、前に野ウサギ。さんのブログの中でそういう話があって、それで思い出した話なんです。同じ緘黙経験者のブログを訪問していると、みんな似たような体験をしているので、忘れていた出来事とか思い出しますよね。

担任だったK先生ですが、この時が教師1年目で、しかもクラスを受け持ったらしく、最初からマニュアル通りにならない私の存在が邪魔だったのかなって当時から感じていました。先生の態度や言葉の端々でそういうことは敏感に感じていましたね。

親がよいと思う先生と子供がよいと思う先生が違うって言う話は、なんだか興味深いですね。立場が変われば見方も変わるんでしょうね。

子供が良いという先生、ただ怖いだけじゃなくて、ちゃんと向き合ってくれる先生、できない事がやれるようになった時に涙流して喜んでくれる先生。そうですね、子供と一緒に喜怒哀楽が出来る先生は、きっと子供と気持ちが通じているはずですもんね。

うちの子も、そういう先生と巡り会えたらいいな~。子供にとって、良いと思える先生との出会いってとても大事ですよね!
>さちさん

初めまして!カキコありがとうございます^^

ここのブログのコンテンツにある「マイ☆リンク」の中に「緘黙のこと(テキスト)」というのがあるんですが、読んでいただけたでしょうか?この中に学校という場のことについて書かれていることがありますので、ここに少し転記しますね。

**********

学校は、主に言語的手段でやり取りをする場であり、教師によって指示されたことを一人一人の児童生徒が言語的に受け答えをすることを前提としています。
そのため、口を利かないという緘黙児の態度は、学校教育において基本的な前提条件が満たされていないということになり、はなはだ困った行動として受け取られることになります。

********

上の記事を読む限りだと、学校という組織(構成っていうのかな?)は、緘黙児を想定していない場であるということが言えるのかなって思うんですよね。だから、先生は緘黙児を前にしてこれといった対策がとれていないんじゃないか?なんて感じたりもします。

「やらないのか」「やれないのか」っていう物の見方があると思うんですが、学校では、この2つに分けることが生徒のレベルを確認するモノサシになっているような気がします。私はこれにもう一つ、「やりたいのにやれない」っていう見方を是非加えて欲しいんですよね。見えないところで努力している気持ちを是非汲んで欲しいんですよね。見えないからって見ようともしない先生が多いような気もします。

>どんな場面でも、まず人前で勇気を出して声が出せたとか、思いを伝えられたという事を1番に評価してほしいところですよね。

そうですね、小さなステップの積み重ねが緘黙児には本当に大切なことだと私も思います。周りから見れば小石のような物が緘黙児にとっては富士山のように大きな物に感じることだってあるんですよね。それを察してくれている先生だったら、きっとそういう場面で「よく頑張ったね」と一緒に喜んでくれるんだろうなって思います。

そういった意味では、さちさんの娘さんは、去年は辛い思いをたくさんしてきたのかもしれませんね。娘さんにとって良い教師と呼べる担任の先生との出会いがありますように祈っております!
学校には緘黙の子どもの想定がされていない・・・そう思います。
だから先生の指導方法がまちまちなのでしょう。

るいさんの子どもの頃は今よりもっと緘黙について知られていないころでしたでしょうから、世間は勿論の事、家族ですら理解できるチャンスがなかったのでは?とお察しします。

緘黙だと分かっていてもイライラしてしまう未熟な私ですが、新学期に入り、もう1度勉強し直して今の娘のために出来ることを探していたところです。

担任の先生にどうしてほしいか、言葉でいうのはとても難しく悩んでおりました。るいさんの言葉にヒントを見つけたような気がしました。

緘黙の娘の気持ち・・・深い所までは、なかなか聞きだすことが出来ません。
るいさんの体験談はとても参考になります。
また読ませて頂きます。

るいさん、真摯な御答えいつもありがとうございます。
教師になれなかった私を買い被ってもらったり、理想の教師像なんて褒められると余計に悲しく辛いのですよ。今の仕事を割り切って始めたばかりなのでね。
その代わり私は、今追っかけをしている臨床心理の先生をイロイロ試させてもらったり、現場の先生たちの品定めをしています。お会いすると緘黙になるから、メールで事前に「面接試験では質問しないで下さい。」とか、「視線を合わせると怖いから、見逃してください。」とか、「至近距離では緊張する」とか、「教師集団では涙が出る」とか。
そしたら、全部その通りに応じてくれるので、だんだん私の方が意地悪してしゃべってないんじゃないかと思えてきました。
どっちが先に口を開くのか、根競べって感じで、あほくさくなってきました。じゃあ、「こっちから最初は何を話そう?」そう構えるとダメです。
ブログは本当にいいです。どこの誰だかわからないし、書き直しできるし、その場で即答しなくて、緊張しないもんね。
>さちさん

そうですね、私が緘黙症を発症した頃は、緘黙症なんて言葉も使われていなかったかもしれませんよね。「人見知りの激しい子」でずっと通っていたような気がします。

今は、そういう診断のできる時代ですから、親御さんも子供の心境を少しは理解できる機会も増えているのかなっていう気はします。ただ、子供の状況を把握できるからといって、先回りして手助けしてしまうと、それもまた子供にとってはよくない状況になる可能性もありますよね。緘黙児にとっても壁にぶつかって経験していくことってとても大事だと思うので。。。

私のコメントから何かヒントを見つけたみたいで、良かったですね!少しでもお役に立てて嬉しいです♪
緘黙児であれば、たぶん今も昔も関係なく似たような経験をしていると思いますので、私の体験談でまたお役に立てることがあれば幸いです。

また気軽に遊びに来て下さいねi-236
>ゆきんこさん

そうですよね、新しい仕事を始めたばかりなのに、私ってば「前の仕事の方が向いているんじゃないの?」って言っているようなものですよね、本当にゴメンナサイi-183

事前に先生達にメールしておくっていうのは、考えましたね!事前に先手を打っておくっていうのは、良いアイデアだと思います。ゆきんこさんの場合、緘黙症であるということを常に
オープンにしているから、得られる利点なのかなって思います。私も今お付き合いしているママ友さんにカミングアウト(?)しようかなって思う時もあるのですが、ネットで検索されて自分の日記がヒットしたらヤバイなって思うと、なかなか話せません。日記にママ友さんとのことを結構書いているのでi-229日記が検索で引っかからないようになったら話してみようかな。

ブログに限らず、文字でコミュニケーションの取れるメールもとても便利ですよね。その場で相手に話さなくても良いし、何度も読み返して修正できますもんね。緘黙の人にはうってつけです(笑)そういえば、緘黙児とのコミュニケーションの取り方で、交換日記が有効っていう記事を前に読んだような気がします。文字で意思の疎通が取れれば、何らかのきっかけに発展しますよねi-228
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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

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