友達の存在って大事 

2016, 10. 12 (Wed) 10:36

今日は、ちょっと気になっていたことを書きたいと思います。

前回の記事で、息子が部活を引退したという話を書きました。3年生が引退するにあたり、2年生の中から新しい部長を選出しなければなりません。引退する前は、息子の友達(退部した子とは別の子)が部長を務めていたので、2人で新部長は誰がいいか話したことがあったそうで、いつも息子にくっ付いていた後輩のOくんにするか!なんて話していたんだそうですが、顧問の先生からは、Eくんを新部長にと考えていると言われたらしいんですね。

このEくんについて息子は、「今まで1回も話したことないんだけど。誰かと話しているのも見たことがないんだよな」と。不思議に思った息子が、仲の良い後輩Oくんに、「Eと話したことある?」と聞いてみたところ、「そういえば、話したことないです。声も聞いたことないかも。」と言われたらしく。その話を聞いて、「え?それって緘黙じゃないの?」と思ってしまいました。
Eくんは、話さないこと以外は普通の様子で、部活も普通にこなしてるし、周りの子の話を聞いてニッコリと笑ったりもしているらしい。これってやっぱり・・・緘黙ですよね?私自身も、普段話さないこと以外は、普通に学校生活をこなしてたもんなあ・・・と思い出したのでした。そんな子が身近にいたとは。まさか、息子の部活引退をきっかけにそういう子を見つけてしまうとは。

けれども、赤の他人の素人の私が出しゃばったところで何か出来るわけでもないですし、心の中でひっそりと陰ながら応援してやることしかできないのが、なんとも心苦しい感じがしました。Eくん、話せないながらも学校に友達が1人でもいるといいのですが。友達が1人でもいてくれれば、そこが自分の居場所になるし、気を抜ける場所になるし、頑張れる力になるから。不登校になった息子が約2年かかったけれども学校へ戻ることができたのも、やっぱり友達の存在がかなり大きかったと感じています。へんな時間に登校しても居場所がある、受け入れてもらえるという安心感。人にとって、孤独ほど怖いものはないと思うから。

「いやいや、友達いないけど毎日学校へ通ってるんですけど!」という方ももちろんいると思います。でも、そういう方は「友達」と呼べる人は居なくても、たまに話しかけられたり、二言、三言でも会話する相手がいるのではないでしょうか。それだけでも頑張れる力になるんだと思います。なぜそんなことが言えるかというと、私自身、中2まで友達がいなかったにもかかわらず、毎日学校へ通えていましたから。

息子と同じ学年に、息子とほぼ同時期に不登校になった男の子(Rくんとします)がいます。Rくんは、中1の夏休み、突然部活に一度だけ顔を出したのを最後に、1日も登校できていません。Rくんと息子は、中学へ入学した時から、クラスの子に「雰囲気が似てる」と言われていました。背格好、メガネをかけているところ、同じ部活、運動苦手。(あと、確認できませんが、もしかしたら勉強も同じく苦手だったのかも。)先生がRくんと息子の名前を呼び間違えることも1度や2度ではなかったらしい。そして、そんな似たもの同士が、ほぼ同時期に不登校に。

けれど、学校へ復帰できた息子と、復帰できていないRくん。こんなに似てたのに何が違ったのかな?と考えた時にパッと思いつくのは、やはり「友達の有無」だったのではないかと思います。息子には、中学入学時、同じ小学校出身の友達が1人いました。そして、入学式から1週間後にはすでに、趣味を通じて新しい友達ができていました。Rくんの場合、同じ小学校出身の子が1人もいなかったこと、そして不登校になってしまう前に友達を作れなかったことが、不登校を長引かせる要因のひとつになったのではないかと推測しています。Rくんと息子、似ていたんなら友達になれたんじゃないかと思うのですが、二人とも自分から声を掛けるタイプではなかったので実現しなかったのでしょうね。とはいえ、同じクラス、同じ部活でしたので話したことも少しはあったようですが、返答がほぼ単語でしか返ってこないので話が続かなかったとも言っていましたね。(息子の友達とでもそういう会話だったようです)

先日、息子が英語の小テストの再テストを受けるために、放課後に他のクラスの教室へ行ったんだそうです。なんとなく座った席が机も椅子もすごくきれいで、「誰の席?」と思い、確認したところ、なんとRくんの席だったんだそう。「ずっと使われてないからすごく綺麗なんだな」と思ったら、心がザワザワしたと言っていました。「不登校だったヤツが不登校の人の席に座ってたらシャレにならないから別の席に移ったんだよ」とも言ってました。シャレって・・・・まあ、周りの誰かにツッコミを入れられる前に、移動したんでしょうね。

あらら。話がだいぶずれてしまいましたが。
緘黙らしき子が息子と同じ部活にいたという話と、友達の存在って大事なんだねという話でした。付け加えれば、私の緘黙症状も友達のおかげで改善されましたからね。特に、一人っ子でもある我が息子。「友達は一生もんだよ!大事にしなさいよ!」と事あるごとに言ってしまう私なのでした。


☆ブログランキングに参加しています。 ポチッと応援よろしくお願いします。


コメント

ケロ子

とても共感するお話でした。
うちの子も雑談がなにより苦手で、気の合う友達か家族と一緒でないかぎり、まったくしゃべらないようです。Rくんと似てますね。そして不登校。。。
でもやはり、同じ部活の友達のおかげで戻れたんだと思います。わたしも、「友達は大切にするんだよ」と、ことあるごとに言い聞かせていますヨ。
大人になっても、小中学校の幼なじみとちょくちょくつながれたらいいですよね。わたし転勤族だったので、そういうつながりがまったくなくて。息子にはいまの仲良しくんたちと一生仲良く付きあってほしいです。

2016/10/12 (Wed) 21:55 | ケロ子 | 編集 | 返信

るい

Re: タイトルなし

ケロ子さん、コメントありがとうございます。

> うちの子も雑談がなにより苦手で、気の合う友達か家族と一緒でないかぎり、まったくしゃべらないようです。

緊張が大きくなりすぎて息が詰まってしまうんですよね。心を許してる人が1人でも側にいると「プシュ~」って緊張が抜けて話せるんですけどね。何を隠そう、私自身がそのタイプ。ケロ太くんの気持ちよくわかります。こういうタイプの人って、パーソナル・スペース(他人に近付かれると不快に感じる空間)が結構広いんですよね。雑談する時ってある程度、相手と近づいて話さなくちゃならないですよね。パーソナル・スペースが広い人は、雑談相手と本当はもっと距離をとりたいのに無理して近づいてるわけですから、そりゃ緊張して当然だわって思います。でも大人になるにつれ、場数を踏めば私でもだいぶマシになりましたから、ケロ太くんも慣れればきっと大丈夫だと思いますよ^^

ケロ子さんは転勤族だったんですね。いろんな土地でいろんな友達と知り合える半面、親友になる前に転校してしまうと、後々まで続く関係って確かに築き難いでしょうね。。。

私は転校の経験はないけれど、場面緘黙症という症状で学校では話せない子だったものですから、同級生に友達ってほとんどいなくて。中学と高校の時に出来た友達2人が唯一、今でも繋がっています。だからでしょうか。学生時代にできた友達は一生もんだという思いが強く、息子にも「友達を大事に」と言ってしまいます。

ケロ太くん、部活に友達がいるんだったらきっと大丈夫ですよ!少しずつ気を許せる人や場所をこれからどんどん増やしていけばいいだけですから。学校にも行き始めてるようですし、勉強に意欲も出てきたみたいですし、順調じゃないですか^^あと、反抗期?思春期?自立への第一歩も踏み出したみたいですし!うちの息子、未だに親と一緒でも平気みたいで、逆に心配!(笑)

2016/10/14 (Fri) 11:09 | るい | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント