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RA・SHI・KU

”中間族”な私の、緘黙症・恐怖症などの体験談・過去の思い出、自己分析を兼ねて自分なりに調べた情報、子宮筋腫の通院の話、中学で不登校を経験した息子の幼少期から現在の近況など。自分らしく生きていくことを目指しています。

 息子の小学校卒業アルバム

唐突ですが先日、息子の小学校の卒業アルバムの中身を初めて見ました。

きっかけは、エアコンの水漏れ。エアコンの下に扉付きの収納棚が置いてあり、慌てて主人が水漏れの処理をしたのですが、棚の扉の中にまで水が入ってしまって、慌てて中に入れていたものを取り出したんですね。その中に息子の小学校の卒業アルバムがありました。正直、そんなところにアルバムを入れたことも忘れていました。

小学6年の後半、息子はおそらくこの時にも心身症を発症していたのでしょう、体調不良で学校を休みがちになっていました。小学校を卒業して3ヵ月後に卒業アルバムが仕上がることになっていて、本人が受け取りに来るようにとのことだったのですが、卒業アルバムの受け取り日、息子は小学校へは行きませんでした。「同級生達に会いたくない」というのが大きな理由でしたが、その時息子は松葉杖生活の真っ只中でしたから、そういう姿を見られたくなかったのもあるでしょう。「松葉杖姿で小学校へ行ったら、またアイツらのイジメのネタになり兼ねない」と息子は言っていました。卒業アルバム自体、息子は「別に要らない」とも言っていたので、私もその件は深く追求せず放っておいたのですが、後日小学校から電話があり、いつでもいいので取りに来てくださいとのことでした。
その約1ヵ月半後。息子は松葉杖が不要になって歩けるようになっても小学校へアルバムを取りに行こうとはせず。「アルバム、取りに行かなくていいの?」と何度か聞いてみたりもしましたが、当時息子は、「嫌な思い出しかない小学校へは行きたくない」と言っていました。でも、それ以前に心身症の体調不良もまだまだ続いていましたし、それどころじゃなかったように思います。

そしてさらに数ヵ月後の秋になったある日、思いがけず、小学校時代の親友(別の中学へ通ってます)が、「小学校の秋祭りに一緒に行こう」と息子を誘いに来て、もう1人の友達も誘って3人で出掛ける機会がありました。あんなに嫌がってた小学校、友達と一緒だったら行けるんだと思いつつ、それを口には出さずに見送って様子を見ていたところ、意外にも楽しく過ごせたようで、夕方、ヨーヨーだとかゲームの景品の駄菓子だとかたくさん貰ってきて、「楽しかった!!」と帰宅。その持ち帰ったものの中に卒業アルバムもありました。「これ、どうしたの?」と聞くと、「遊んでいたら、N先生(6年の時の担任)に見つかって、『おー!ゴン!ちょっと来て!アルバム持って行って!!』と言われた」とのこと。アルバムを受け取る際、N先生と久しぶりに話をしたらしい。N先生、担任としてはとても頼りなかったのですが、息子の話し相手としてはとても良かったらしく、そういった意味では息子はN先生を慕っていましたから、N先生と久しぶりに会えたのは息子なりに嬉しかったようでした。

で、家に持ち帰った卒業アルバムはどうなったかというと、息子がリュックから取り出し、部屋の床の上にポイッとしたまま数日間放置。全く触ろうとしないので、冒頭に書いた扉付きの収納棚の中へ私が入れたわけですが。N先生にとって息子達の学年は、教師になり、クラスの担任を受け持つようになってから初めて送り出した卒業生だったのもあり、先生なりに思い入れがあったようで、卒業アルバムの他にクラスのみんなの寄せ書きの色紙や先生が作ったというオリジナルDVDも一緒に貰ってきたのですが、いずれも目を通すことなく収納棚の中で数年が経過していたのでした。

クラス(というか学年)の大半は、息子をからかったり苛めたりするような子ばかりでしたので、アルバムを開いたところで、どのページにも必ず息子を苛めた子が写っていますし、やっと嫌な同級生から離れることができたのに、わざわざ嫌なヤツの顔を見たくない、というのが息子の本音。もちろん私も同じような気持ちでした。見れば嫌な思い出がわんさかとよみがえるだけに思えましたので。

ですから、今までずっと放置していてほぼ忘れかけていたのですが、今回たまたまエアコンの水漏れがきっかけで、再び息子と私の前に現れた卒業アルバム。「こんなところにあったんだ~」と思うと同時に、初めて「アルバムをちょっと見てみようか」という気持ちになったのでした。

私がアルバムを見始めると息子も寄ってきて、パラパラとですが写真で息子の姿を確認したり、友達の姿を見つけたり。この時、こういうことがあったなんて息子も楽しそうに話しながらも、私が次のページをめくるや否や、「そのページ飛ばして!」と言われることも数回。瞬時に嫌いな子の姿を確認しては、見たくないものだから「ページを飛ばして!」という息子の姿に、私が思っている以上に息子の心は傷付けられているということを再確認するに至りました。

アルバムの後半、卒業にあたり、質問のコーナーがあったので見ていたのですが、ちょっと???と思うようなことがありました。「もし無人島へ何か1つ持っていくとしたら何を持っていく?」という質問があって、みんなそれぞれ、「米」だとか「スマホ」だとか「水」だとか「DS」だとか書いていたのですが、ある男の子が1人、息子の名前を書いていたんです。最初、意味がわかりませんでした。息子の名前と男の子の名前が並んで書いてあったものですから、当時、息子が学校を休みがちだったので、質問に回答出来なかった子の名前が端の方に書いてあるのかな?と思いましたが、息子が「質問に答えた記憶がある」というので探したところ、確かに息子の回答はちゃんとありました。ということは、その男の子は「無人島へ持っていくモノ」として、息子の名前をわざと出したことになります。ちなみにその男の子というのは、当ブログでも何度か登場したHくん(数あるエピソードの一部はこちらとかこちらとかこちらとか)なだけに、息子のことをモノ扱いしやがって!最後の最後、卒業アルバムにまで嫌がらせするとは!と思い、怒りがこみ上げてきたのですが、その気持ちは抑えて息子には「たぶんゴンが虫とか生き物に詳しいから、無人島に一緒にいたら楽しいかもっていうことなのかもね」と言っておきました。「ああ、確かにそれはあるかも」と息子は言っていたので、とりあえずホッとしました。これ以上、小学校に対する悪いイメージを増やしたくないですからね。

息子は小学生の時、虫に詳しいので「虫博士」と呼ばれていて、それに関してだけは苛めてきた子らからも一目置かれていたし、卒業アルバムと一緒にもらったクラスの寄せ書きの色紙にも、Hくんからは「いつまでも虫博士でいろよ」と書いてありましたし、あながち後者の解釈の方が正解なのかもしれません。けれども、その質問のHくんの回答を見た人が、息子の名前が書いてあるのを見つけて笑ったかもしれないことを想像すると、まるで息子が笑われているような気がして、親としてはあまりいい気分ではありませんでした。先生も卒業アルバムに載せる前に目を通しただろうに、なんでこれをスルーするかなあ。アルバムが作成されてから数年が経過してから気付いたこの事実。やっぱりアルバムは見ないほうが良かったのかもと思いましたが、アルバムを見ようという気持ちになれた息子と私、数年前より気持ちの整理がついてきているからこそ卒業アルバムを見て当時の思いと向き合うことが出来たわけで、そういうことを確認できたというだけでもアルバムを見て良かったんだと思いました。先生製作のDVDはまだ見る勇気はありませんが。さすがに動画だったらと思うとまだ耐えられないかも(笑)

たかだか子供の小学校卒業アルバムですが、アルバムを開くまでに丸2年を費やしました、というお話でした。息子の中学卒業まで残り8ヶ月ほどですが、中学の卒業アルバムは親子で喜んで受け取れるといいな思っています。


(追記)家で卒業アルバムが出てきて、息子が思い出して話してくれたんですが、中学生になってから同じ小学校出身の友達2人(記事の中で、一緒に秋祭りに行った友達です)と遊んだ際、1人の子が小学校の卒業アルバムを持ってきた時があったらしいのですが、その時、友達が「この、おぞましい記憶!!」と言いながらアルバムを放り投げ、その流れでページを開いて嫌いな子の顔にパンチをしたりして3人で盛り上がったことがあったとか。大人しい性格の息子を含めたこの3人。息子だけじゃなくて、友達もそれなりに嫌がらせ、いじめを受けたことがあり、やはり小学校に対してのイメージはかなりのマイナスだったようです。(この3人の中では息子が一番被害に遭ってましたけど)息子は笑いながらこの話をしてくれましたが、子供ながらにこんなに傷付きながら生きているんだと思ったら、大人なのに守ってやれなかったという申し訳ない気持ちで一杯になりました。皆が今後、楽しい思い出の詰まった学生生活を送れますように。


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