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高校の恩師との思い出
こんにちは。今回は、いつもと違う雰囲気の記事を書こうと思います。

実は先日、びっくりしたことがありました。久しぶりに高校の恩師の顔を見ました。約25年ぶりです。私が高校の3年間、担任としてお世話になった男の先生。私の田舎のホームページ内にある広報誌を月に1回見るのが習慣になっていて、先日ふと思い出して今月の広報誌を見てみたんですね。そうしたら、4月に新しく赴任してきた小・中学校、高校の校長先生が紹介されていて。高校の校長先生、見たことある名前だな?と顔を見たら、顔にも見覚えが!!原田(仮名)先生だ~w(゚o゚)w!!

ハゲてるし、当時はなかったメガネも掛けていましたが、目元、口元、全体的に面影があって、すり足のような先生の独特な歩き方だとか一気にブワ~っと思い出されました。 「●●高校に20数年ぶりの勤務」とのコメントがあり、当時は主任だったけど、校長になって戻ってきたんだ、ずっと教師を続けてたんだ、凄いな~とその貫禄のでたハゲ頭(笑)の顔写真を眺めてしまいました。原田先生との思い出はほとんど覚えていないのだけれど、良い先生だったという記憶?感覚?は残っています。

高2に進級した直後だったと思います。どういう流れだったかは記憶にないのですが、作文の宿題がありました。たぶん、進級にあたっての豊富とかを書く作文だったと思うのですが、その作文で私は、何を思ったか「自分はずっと学校で話が出来ない子だった」という内容のことを書いたんです。どういう流れでそういうことを書いたのか、そういう内容の作文を書いて良い宿題だったのかはわからないのだけど、なぜかその時は、先生に「私にそういう過去があったことを知って欲しい」という気持ちがあって、思うがままに作文を書いて提出したんです。作文の最後には、(誰にも言わないで下さい!)とも書いた記憶が。

数日後。たまたま廊下で先生とすれ違った時、「おう!るい!(本当は苗字でしたけど)」と呼び止められた後に、「るい、頑張れよ!」と小さくガッツポーズしながら言われ、咄嗟に「え??」と聞き返すと、「頑張れよ!!」とニヤリとしながら再度言われ、もしかして作文のことかな?と察し、「あ、はい。」と良くわからないままこちらもニンマリして会釈しながら通り過ぎた記憶があります。

私は幼稚園、小学校、中学校とずっと場面緘黙症の症状があったんだけれども、中2で親友ができてからその症状は少しずつ和らいでいったんですね。高校生活は、緘黙の症状が減った分、のびのびと学校生活を送ることができ、それまでの学生生活の中では一番充実した学生生活でした。なので、、私の中ではその当時、高校へ進学したのを機に、緘黙児だったことは過去のこととして捉えていたのかもしれません。昔の自分はこうだったけど今の自分はこうなんだよ!小中学生の時とは違う、「変わることが出来た自分」を先生に認めて欲しかったのかもしれません。なんか知らないけど、原田先生にはそういうことをちゃんと受け止めてくれるような、そんな雰囲気がありました。

高3になってからは進学のことで悩み、放課後、職員室にいる原田先生のところへしょっちゅう相談しに通ってました。本当は進学予定だった私。いろいろあって、途中から進学を諦めて就職しなければならない流れとなり、みんなよりスタートの遅い就職活動、突然の進路変更に不安で仕方がなくて、放課後に原田先生のところへ行って進路相談ということを何度も繰り返して。「るいは進学したほうが良いよ。今からでも変えられないか?」と何度か言われた記憶があります。放課後に押しかけ過ぎて、今思えば先生も迷惑だったかもしれません。でもおかげで、学年で最初の就職内定者となり、先生が喜びながら報告してくれたことが25年経った今でも、鮮明に記憶に残っています。

あとは、先生の前任の学校の生徒と私のフルネームが一字違いだったとかで、私の名前を何度か呼び間違えては、「前の学校にいた生徒と名前が一字違いなんだよ」と言い訳してたなというのと、修学旅行先の自由行動の時に途中で先生と出くわして、先生と友達、クラスメイト数人と一緒に変な決めポーズで写真を撮ったこと、それから、私が生徒手帳の自分の写真を見て「ブサイクだな~」と呟いていたら「自分でそういうことを言うな(笑)」と笑われたとか、それぐらいでしょうか。

3年間も担任でお世話になったのに、原田先生との思い出がこれぐらいしか思い出せませんが(笑)当時の先生は31歳。当時から生徒の間では、「先生の前髪、薄いよね。そのうちハゲるよ、絶対。」っていう話は出てたんですよね。25年後、見事にハゲていたのには笑わせてもらいました(笑)

25年ぶりに恩師の顔を見たおかげで、今まで思い出さなかった記憶が出てきたので書かせてもらいました。おかげさまで「私の高校時代」というカテゴリを久しぶりに更新できました(笑)学生時代の大半を緘黙児で過ごした私は、同級生とまともに話をした記憶がない、なので同級生に特に思い入れがないという理由から、今までも、そしてこれからも同窓会には参加することはないと思いますので、ネット上とはいえ、久しぶりに恩師にお会いできたことはとてもありがたい、嬉しいことでした。原田先生には、今後も元気に活躍していただきたいと思います。



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

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