Welcome to my blog

RA・SHI・KU

”中間族”な私の、緘黙症・恐怖症などの体験談・過去の思い出、自己分析を兼ねて自分なりに調べた情報、子宮筋腫の通院の話、中学で不登校を経験した息子の幼少期から現在の近況など。自分らしく生きていくことを目指しています。

 なんていうか・・・

こういう記事は、できたら書きたくないのですが。どういうわけか、そういうことばかり起きてしまいます。

私の母方の祖母が、今月、亡くなりました。大正生まれでしたので、90歳近い年齢です。詳しい年齢はわかりません。これといって持病があったわけでもなく、体調を崩していたわけでもなく、その日の朝、同居している叔父が、朝ご飯を食べに来ない祖母を不審に思い、寝室へ行ってみたところ、すでに冷たくなっていたそうです。老衰だと思われます。

本当であれば私も祖母の所へ駆けつけて、お葬式に参列しなければならないのですが、祖母は東京から遠く離れた田舎(岩手です)におり、うちの息子を預ける人がいない状況で帰省するわけにも行かず、気に掛けつつもこの場に留まっております。義母がいたら、息子を預けて帰省できていたかもしれないのですが。。。

私の両親は関東在住なのですが、訃報を聞いて慌てて車で帰省したらしく、帰省途中の高速道路のパーキングエリアから実姉の方へ電話で連絡してきて、私の所へは両親から頼まれたからと実姉から訃報の連絡が入りました。

田舎のお葬式って大変なんですよね。全て自宅で執り行うものですから、おもてなしなどの準備などが必要で、人手がいるんです。母方の叔父は3人いるのですが、3人揃って未婚なものですから女手が1人もいない状況。かろうじて母の妹、叔母が1人いるのですが、実は叔母のご主人は病気を患っていて、ここ1ヶ月ぐらいで急激に体調が悪化し、いつ容態が変わるかも知れないということで、お葬式だけ出席してとんぼ返りするとのことで。(叔母も関東在住です)

ということは実質、母ぐらいしか女手がいないという状況。私に電話してきた実姉も、「手伝いに行きたいけど、仕事を休めないしな~」と(この姉も関東在住)。もしかしたら、盛岡に住んでいる実姉が仕事を休んでお手伝いできるかもしれないのですが、その辺はどうなっているのか全くわからず。忙しいだろうからと、母に電話してみるのも気が退けており、じっとその後の連絡を待っているところです。

最後に祖母に会ったのは、うちの息子が年長さんの時に、岩手へ帰省した時ですね。4年ほど前でしょうか。お盆休みで帰省し、お墓参りへ行ったところ、たまたま叔父が祖母を連れてお墓参りへ来ていて、そこで会ったのが最後でした。私も滅多に帰省しないものですから、私を見ても誰だか解らなかったらしく、父が私が来てることを伝えると、「はあ~、そうかあ~、はて、誰だべ~?って思ってだった~」と、祖父が眠る墓石の横に腰掛けながら話していたのを憶えています。

声が大きくて、電話が掛かってくると、外にいても受話器から聞こえてくる祖母の声が聞き取れるほどでした。私が子ども頃は、お盆とお正月の時期に家族揃って祖母宅を訪問するのと、田植えと稲刈りの時期には、お手伝いに行くのが毎年恒例でした。今思えば、お互いの家は徒歩でも25分ぐらいの距離だったと思うのですが、母がずっと働いていたこともあってか、お盆・正月・田植え・稲刈り時期以外は、訪問することは無かったんですよね。なので、私の人見知りもあって、祖父母とはちょっと遠慮して付き合ってきたような感じでした。

13年ほど前、私の実兄の結婚式に出席した際、私と祖母は席が隣同士で、一緒に笑顔で写真を撮ったのが、今となっては良い思い出となりました。当時、その時の写真を母に見せたら、祖母は写真を撮られるのが好きじゃなかったらしく、「こんなに自然に良い顔で写ってるなんて珍しい!」とびっくりしていました。

祖母が亡くなってしまった今、私はその写真と、それまでの思い出を胸に、祖母の冥福を心より祈りたいと思います。


なんていうか・・・今年は、いろいろありますね。一生忘れられない年になることでしょう。
来年は、明るい記事が書ける年になりますように。


☆ブログランキングに参加しています。 ポチッと応援よろしくお願いします。



0 Comments

Add your comment