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RA・SHI・KU

”中間族”な私の、緘黙症・恐怖症などの体験談・過去の思い出、自己分析を兼ねて自分なりに調べた情報、子宮筋腫の通院の話、中学で不登校を経験した息子の幼少期から現在の近況など。自分らしく生きていくことを目指しています。

 初めて楽しいと思えた時

私が保育園時代の話です。

入園を機に場面緘黙を発症した私は、入園後も誰とも話さず、誰とも遊ばず、一人きりでいることが常でした。

そんなある日。
どういうきっかけだったのかは忘れたのだけど、自由時間に同い年の女の子1人と一緒に遊ぶことができたのでした。遊んだ場所は、保育所内にあるプレイルームの大きな窓のカーテン。束ねられたカーテンの中に2人で隠れたり出たり・・・という単純な遊びだったのだけど、その時、私はためらうことなく笑顔を出すことが出来たのでした。その時が通園し始めて初めて、「楽しい!」と私が感じた瞬間でした。

でも、その女の子とカーテンで遊べたのは、2、3回ぐらいだったのかな?それぐらいしか記憶にないので。声は出せなかったけど、笑顔を出せたのは私自身も嬉しかったように思います。今でもカーテンで遊んでる時の1シーンを鮮明に覚えてます。


おそらく、その様子をこっそりと見ていたらしい先生は、私はその女の子と気が会うと思ったらしく、その後の運動会などの行事の時、ことごとく私とその子をペアにしたのでした。実際には、カーテンで遊んだ時ぐらいしか接触はなかったと思うのだけど。会話なんてもちろん無いし(^-^;その女の子とペアになるのはイヤではなかったけれど、私の方がその子より頭1つ分ぐらい背が高かったものですから、競技がやりにくかった記憶があります。

小学校に入学してから気付いたのですが、私と一緒に遊んでくれたその女の子は発達に障害があるらしく、学校内にある特別支援学級に在籍していたのでした。今から思えば、ほとんどの子供達が私を無視していた中、彼女だけは特別視せずに私のことを見てくれたんじゃないかなっていう気がします。例え、それが彼女にとってはほんの気まぐれな行為だったとしても、私は嬉しかったな。

私は、彼女と一緒にカーテンで遊んだ記憶があるから、保育園は楽しかったと言えるような気がします。中学までは同じ学校でしたが、彼女は高校へは進学しなかったような・・・数年後、風のウワサで彼女は20歳前に結婚し、子供が6人ぐらいいるとか聞いてびっくりした記憶が。今はどうしているのかわからないけど・・・この場を借りて、彼女に「ありがとう」。


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