ふと、数年前に田舎の実家へ帰省した際に持ち帰ってきた文集や通知表のことを思い出しました。場面緘黙児だった私がどんな学校生活を過ごしていたのか、ふと知りたくなりました。正直、学校生活で楽しかった記憶がほとんど無いのですが・・・・

何か忘れているものを思い出すかもしれない、という気持ちもあったりして。自己分析の一環ですね。大人になった今、見返しながら少しずつ振り返ってみたいと思います。

まずは1年生の頃から。
文集はなかったようです。ただ、学校の課題で毎日、日記を書かされていたような気がするんですが、なぜかそのノートが見つからないので、とりあえず通知表を見てみました。「よい」「ふつう」「がんばれ」の3段階評価でほとんどが「よい」「ふつう」だったのですが「がんばれ」だった項目がいくつかありました。

「がんばれ」だった項目

(国語)
・文章を正しく書いたり話したり出来る(3学期)
(音楽)
・歌う楽しさがわかり美しく歌うことが出来る(2学期、3学期)
(図工)
・のびのびと描いたり、作ったりすることが出来る(2学期)
(生活の様子)
・友達と遊べる
・挨拶が出来る




どうやら、話したり歌ったりといった、声を出すことがやはりダメだったみたいですね。
最初の頃は、図工の時間などで緘動もあったのかもしれません。

(生活の様子)を見ると、緘黙児だったんだなって思わされます。

以下、通知表での先生の所見です。

(1学期)
学習時は、手を挙げ発表もよくします。文も上手に読むことが出来ます。休み時間に自分の方から友達に話しかけることがないようですから、機会をとらえてこっちから声をかけ、話をするようにし向けています。

(2学期)
学習したことは着実に身につけています。話を聞く態度も立派です。3学期にはもっと自分からすすんで話したり、行動できるように指導していきたいと思います。

(3学期)
学習時も遊びの時も話すことが少なかったように思います。学習内容は理解し身につけていますので、自信を持って発表して下さい。お友達も黙っていてはできません。自分からすすんで話しかけるようにしましょう。


あらら。友達もいないし、話せないことが明確に出てますね。自分の子供がこんな通知表を持ち帰ってきたら、両親もさぞかし心配したんだろうなと思います。唯一、学習だけはしっかりできていたのが救いかな。

1年間を通して、欠席は2回だけだったようです。1回は病欠で「腹痛」になっていました。もう1回は、事故欠となっていました。頻繁に腹痛で欠席していたような記憶があるのですが、思っていたよりも欠席が少なく、私の勘違い?もしかしたら事故欠も本当は腹痛が理由だったのかもしれません。



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