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2017/10
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Kちゃんと過ごした中学時代
以前書いた記事「Kちゃんがくれた奇跡」の続きになります。

Kちゃんの存在のおかげで少しずつ学校で普段の自分を出せるようになってきた私。Kちゃんと2人だけだったら、家にいる時のように会話もできるようになりました。そういう生活が数日続いた後、今まで「学校にいる自分」と「家にいる自分」が境界線でくっきり分かれていたのが、少しずつあやふやになってきたように思います。学校という場で常に緊張していた自分が、学校でも気を緩められる場面が多くなってきた、そんな感じでしょうか。

そのことを証明するような出来事を一つ、今でもはっきりと覚えています。中学の掃除の時間、廊下の床を雑巾がけをしなくてはならなかったのですが、面倒だったので手を使わずに足で適当に雑巾がけしていたんですね。ふと廊下の向こうから担任の先生がやってくるのが見えて、「やばい」と思い、手で雑巾を持ち直して掃除したのですが、遠くからでも先生はしっかり見ていたんでしょうね。すれ違う時に私に注意するかと思いきや、小さな声で「信じられない、信じられない・・・」とぶつぶつ呟きながら通り過ぎたのでした(笑) 

先生からすれば、あんなにまじめで大人しい子が足で雑巾がけをするなんて、目を疑うような、本当に想像だにしていなかった姿だったのでしょう。あの先生の驚いた顔が今でもおかしくて、忘れられません。私的には、そういう姿を先生に見られたというショックなどは全くなくて、「あ、見られちゃった」程度の感覚になっていました。Kちゃんと出会う前なら全く考えられなかったことです。

私とKちゃんが笑ったりしながら話しているのを遠くで見ていたせいでしょうか、そのうち、Kちゃんの小学校時代からのお友達からも話し掛けられることもあったりして、お友達みんなと休み時間を一緒に過ごすことが多くなりました。その時はやはり普段どおりの会話とはいかないけれど、話を聞いて一緒に笑ったりとかは出来ましたし、一気に友達も増えたみたいで嬉しかったな。そのうち、お昼休み時間を利用して、みんなで体育館へ行き、輪になってバレーボールのレシーブが何回続くか、なんていうのが仲間内で流行って、一時期ずっとやっていたりしました。私にボールが回って来た時、ふざけてグーでボールをパンチしたら、うまくパスできて、みんなで笑ったりしました。仲間内でグーでパンチ・パスも流行ったりしました(笑)

あとは、体育館の倉庫やステージ裏を使って隠れ鬼をしたり、覚えていないけれど、いろいろ遊んだな~っていう記憶があります。授業中におしゃべりしたり、小さくきった紙に手紙を書いてKちゃんと交換したり。(この小さい手紙は、実は今でも捨てられずに残してあります。)そうそう、いろいろあって、Kちゃんと一緒に授業をボイコットした時も一度ありました。その他、プライベートで同級生と遊んだのも中学の時が初めてでした。Kちゃんの家に呼ばれて何度か遊びに行ったり、私の自宅にもKちゃんを呼んだり。そういう経験を初めてしたのもこの頃。他にもいろいろあったような気がするのですが、今はちょっと思い出せません。授業中にも遊んだりしていたので成績がちょっと落ちたりして、慌てて勉強したりもしましたが、それでも中学校生活の後半はとても楽しく過ごすことが出来たのは覚えています。

それから、Kちゃんとはもう一つ、一緒にやっていたことがありました。それは、交換日記。部活の仲間とも交換日記をやっていましたから、当時、流行っていたのかな?たぶんKちゃんの方から「やろう!」って言い出した気がします。中2の後半からKちゃんと2人の交換日記を始めました。ノートは2人で交代で購入しました。たいした内容ではなかったと思うのだけれど、喋るより書くほうが得意な私としては、とても好都合でした。交換日記のおかげもあって、Kちゃんと私はお互いのことをよりよく知ることが出来て、友情も深まったんじゃないかなと思います。

この交換日記は、中学の卒業式まで続きました。その間、10冊以上は書いたかな。なんで、交換日記が中学の卒業式で終わってしまったかというと、Kちゃんは、家庭の都合で高校へは進学しなかったから。私は高校へ進学することになっていましたので、Kちゃんとすごせた楽しい時間は約2年間しかなかったのですが、私にとっては何十年にも相当するような充実した時間だったのでした。

中学を卒業してからの話は、また後日ということで。。。

【追記】
Kちゃんと続けていた交換日記。中学卒業後は、Kちゃんが自宅で保管してくれていたのですが、数年後、Kちゃんの自宅が火事になり半焼、その際に一緒に焼けてしまったとのことです。Kちゃんが出勤した後の出来事だったので、Kちゃんは助かりました。Kちゃんのお母さんも助かりました。ただ、Kちゃんのお父さんが、この火事で亡くなってしまいました。Kちゃんちに遊びに行った際、何度かお会いしたことのあるお父さんだったのですが・・・。今となっては10年以上も前の話ですが、この場を借りて改めてご冥福をお祈りいたします。



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

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(非公開コメント受付不可)

はじめまして^^
はじめまして^^
緘黙症のことを調べているうちに、るいさんのHPに辿り着きました。
私も、小学生の頃から緘黙症でした。
今も、人によってはお喋りを楽しめるのですけど、人が怖かったりします。
それなので、るいさんのHPのお話を読んでいると、とても励まされる思いです!

kちゃんのお話も、とてもいいお話ですね~。
緘黙症だった時に、kちゃんのような人が1人でも居てくれるだけで、心強いだろうなと思いました。
こんな風に、楽しかった思い出って、後々大きいですね^^
NoTitle
不慮の火事でなくなってしまうなんて・・・
Kちゃんの存在が、私にも自分の事のように嬉しかったので、目に涙をためてしまいました。
NoTitle
●pekoさんへ

初めまして!カキコ嬉しいです^^
pekoさんも緘黙児だったんですね。
私もpekoさんと同じですよ。おしゃべり出来る人と出来ない人との
落差が激しいです。誰とでもおしゃべりできる人はすごい!って思います。
でも、こんな私に話し掛けてくれる人も何人かいて、
とてもありがたいなって思います。

Kちゃんとの楽しい思い出、今でも宝物のように感じています。
Kちゃんは誰にでも優しい子でした。大人になった今でも優しい人です。
Kちゃんとの楽しい関わりがあったからこそ、私は今、
人嫌いにならずに済んでいるのかもって思います。
人間関係は苦手ですけど、人は嫌いではないですから。

こんなブログですけれど、良かったらまた遊びに来てくださいね♪
NoTitle
●小林さんへ

小林さんのコメントを読んで、小林さんって本当に優しい人だなって感じました。
もしかしたら、Kちゃんと小林さんって、似たようなところがあるのかもしれませんね。

火事は、Kちゃんのお父さんの寝タバコが原因だったようです。
仕事が休みの日で、Kちゃんが出かける時にはまだ寝ていたとのこと。
お父さんだけが家にいる時に出火したようで、近所の方が
火事に気付いた時には間に合わなかったそうです。

当時、そのことでKちゃんからの連絡は無かったのですが、風の便りに
火事のこと、Kちゃんのお父さんが亡くなった事を知り、私もショックでした。
当時私はすでに上京して働いていましたので、Kちゃんの近くにいて
やれなかったことが悔しかったですね。

4月かな、Kちゃんから電話をもらったという記事を書いたのですが、
その時も、「親が生きているうちに孝行しておいてね」と言われました。
人一倍優しくて親思いだったKちゃんの言葉だっただけに心に響きました。

小林さんの優しい気持ちも私に届きましたよ^^
るいさんへ
ホントKちゃんがいてくれて良かったですね。るいさんにとって大切な人。でもきっとKちゃんにとってもるいさんは心休まる存在だったのでしょう?るいさんはKちゃんに助けられたと同時に、るいさんもKちゃんを助けてきたんだと思います。それで、お互いとても大切な存在として今もお互いを支えあってるって感じがします。
娘は「友達いないもん」と心をゆだねません。(それなりにコミュニケーションとったりしてるのに)どんな心境なのでしょう?『〇〇ちゃんはお友達』って言えないんです。これも自身のなさでしょうか…。この頃またトイレに行きません。自分で箸を持って給食たべません。自分でえんぴつを持ちません。なんででしょう…。どうしたらいいんだろう‥と思案中なんです。
NoTitle
●さくらさんへ

いつもコメントありがとうございます^^Kちゃんと私、今思えば、お互いに何か惹かれるものがあったような気がします。どことなく似ていたのかもしれません。お互いが心の拠り所として考えているのなら、それはそれで嬉しく思います。そういう友人が1人でもいてくれることは、本当に心強いなって思います。

娘さんの様子、心配ですね。きっと、なんらかの気持ちの波があって、それがトイレに行かない、鉛筆を持たないなどの態度にも表れているとは思うのですが。。。でも、なかなかトイレに行かないっていうのは私も経験あります。なるべく今の状態を壊したくないんですよね。自分が動くことで誰かに見られたり、周りに反応されるのが怖かったような気がします。でも、ぎりぎりになって早足でトイレに行ったりするので、余計目立つような気もするのですが、当時は必死でした。教室に残ってる子が少なくなるまで待ってからトイレに行ったりしていましたね。

「友達いないもん」発言については、周りとの関わりが少ない分、どの程度の関係で友達と呼んでいいのか解からないんじゃないかなと思います。大概の子は、そんなことなど考えずに気が付けば一緒にいて、楽しい時間を過ごしている相手を友達だと思えるんでしょうけれど、繊細な子は、感度の良すぎるアンテナを持っているものですから、微妙なニュアンスまでキャッチしてしまって、気軽に「友達」って呼べないのかもしれないですよね。なんかそんな気がします。

さくらさんの方から、具体的に「一緒にいて楽しいと思える子は友達なんだよ」とか「自分と同じ物が好きなら友達になれるよ」とか、友達という感覚の基準をアドバイスしてあげたらどうかなってちょっと思いました。娘さんの学校生活、少しずつ楽しくなると良いですね!
はじめまして。
はじめまして。
現在、とある学校でアシスタントをしています。
場面かん黙の生徒と関わっています。
だいぶ表情もやわらかくなり、友達と話せるようになったみたいです。
給食も仲のよい子と別室で食べさせているのですが、最近急激に友達と昼休みに遊ぶなどなじんできており、他の子と変わらない印象を教師たちにあたえており、そのような特別扱いが「甘やかし」と非難されてしまいました。

本人がまだ固い表情で教室にも入れず、給食も一口も食べないような状況だった時代は他の教師らも心配してくれてたのですが・・・。

学習班も仲のよい子たちで組ませてあげたいなあと思うのですが、甘すぎなんですかね。
なおりかけだからこそ、大切にしていきたいんですが、他の教師を説得する術がありません。
NoTitle
● あいさんへ

はじめまして。ブログへの訪問、ありがとうございます。

緘黙児と携わっておられるということですが、緘黙の治療法というものがはっきりと確立されていない中、親身になって緘黙児と接しておられる姿が想像され、頭の下がる思いです。

緘黙児に対する対応が「甘やかし」なのかどうか、私もただの経験者なのでなんとも言えないのですが、他の子と変わらない印象を教師たちにあたえるまでに変化が見られたということは、あいさんの対応の仕方は、その生徒さんには合っているやり方だったと自信をもたれても良いのでは?と思います。

心を許せる存在が近くにいることは、緘黙児にとってとても心強いと思います。その子は、教室に入れるぐらい回復されているのでしょうか?教室で笑顔を出せたりお話できたりしているのなら、徐々に特別扱いも緩和されても良いかと思います。仲の良い友達は、先生に言われているから仲良くしてくれているのでしょうか?それとも、本当に友達として接しているのでしょうか?その辺の状況判断にも寄ると思いますが・・・。

ただ、急激な変化は、緘黙児にとってストレスになるだけだと思いますので、今の状態から徐々に周りの環境へ対応する免疫をつけながらっていうやり方が好ましいのだ!ということを、他の教師の皆さんにアピールするしかないのかなと思います。

私も専門家ではないので、あいさんにとって参考になる回答が出来たかどうかは微妙ですが、経験者として、応援したい気持ちでいっぱいです。微力ながら応援しています。
コメントありがとうございます!
るいさんへ

早速の返信ありがとうございます。

給食の件は明日からやはりみんなと一緒の教室で食べなければいけないことになってしまい、私まで胃が痛くなってきてしまいました・・・。

急激な変化がストレスになってしまうかもしれないこと、なんとか他の教師たちに伝えたいと思います。
アシスタントの身分でなんとも言いにくい部分はあるのですが、がんばってみます。

彼女はまだ教室ではお話はできませんが、お友達は本当の意味でのお友達が作れたようで、メールや交換日記などをやっているみたいです。
授業中は私が側で「書いてみようか。」などと声をかけるとノートをとったりすることができますが、そのような支援を徐々に友達にバトンタッチしていけたらと思っています。

今後ともアドバイスをいただけたらと思います。
NoTitle
●あいさんへ

教室での給食が始まったんですね。
少しずつ少しずつ・・・時間をかけて慣れるしかないので、
せめて、周りは仲の良い子で固めてあげたいですよね。
大体、周りの視線が一番辛いので、なるべく周りの生徒さんたちも
慣れてくれるまでの辛抱って感じですよね。
夏休みも近いですし、タイミング的にはいいかも!って思いました。

本当の友達が作れたっていうのは、当人にとってはとても
心強いですね!きっとそういう意味でも変わってきているんだなって思います。
私も友達の存在がとても大きかったことを思い出します。

お話を伺っていると、もう少し!っていう気がします。
どうか焦らず、ゆっくり今のペースを大切に過ごしていって欲しいなって思います。

私で良ければ、いつでもお話は伺いますので、
また経過報告などしていただけると嬉しいです。
徐々にといったところです。
るいさんへ

給食はみんながいる時間は一口もつけませんが、みんながいなくなり、仲の良いお友達だけが残ると一口程度食べていました。

なかなかすぐには変化しないことを理解し、温かい目で見守っていきたいと思います。

また、相談させていただくことがあると思いますので、よろしくお願いします!!
NoTitle
●あいさんへ

人前で食べるっていう行為は、意外と緊張するものです。
私も正直、誰かと会食する時は今でも緊張します。
飲み会なんかでは、取り分けの料理がほとんどですので、
自分から料理に手を出すってことがなんか出来なくて、
ほとんど食べれないことが多いですね。

わいわい、がやがやの雰囲気自体に慣れてないというのも
大きいかなと思います。緘黙児は、誰かと一緒に行動をともに
する経験が少ないと思うので。

こんなブログですけど、また気軽にお越しくださいね^^
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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に通学中。

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