前回の記事、「Kちゃんが気になる」からの続きになります。

Kちゃんに「友達になろう」と言われ、Kちゃんが毎日話し掛けてくれるようになり、Kちゃんのことがとても気になりだした私。いつの間にか、Kちゃんのことを目で追うようになっていました。Kちゃんのことがすごく気になるのです。後からわかったことですが、これが友達を好きになるってことなんですね。

どこにいても気になる存在。一緒にいると嬉しくなる存在。
学校で初めて出来た、大好きな友達。


子供は学校へ通うのが普通なんだという思いだけで、淡々と登校していた日々。それが、(Kちゃんが待っているから学校に行こう)と思うようになりました。今日は何があるかな、何の話が聞けるかな、と思いながら登校するようになりました。学校という場所に対して”怒”、”哀”、”無”の感情しかなかった私に、”喜”と”楽”が新たに加わり、やっと人間らしい感情”喜怒哀楽”を学校で感じるようになったのでした。とはいえ、”喜”と”楽”はKちゃんと一緒の時限定の感情でしたので、”無”もかなりの割合で残ってはいましたが。

Kちゃんは、とにかく根が明るくて楽しい人でした。でもどちらかと言うと大人しい方になるのかな。クラスの中で大人しい部類でしたが、友達同士だとめちゃくちゃ明るくて、Kちゃんの周りでは常に笑いが絶えない、そんな感じでした。

そんなKちゃんは、私のことをいつも気に掛けてくれました。休み時間とか教室の移動なんかでも積極的に私のところへ来て、「一緒に行こう」と声を掛けては、遠慮がちで優柔不断な態度をとっている私の手を引いて、どんどん歩いていく、そんな感じだったかな。

でもね、そういうKちゃんの態度もとても嬉しかったのを覚えています。私のあらゆる行動はほとんどが受身だったけれど、Kちゃんは友達の中の誰よりも私と一緒にいてくれました。Kちゃんのおかげで、(自分が誰かに必要とされている)という思いさえ感じ、カチンコチンだった感情の氷が毎日少しずつ溶け出してきている、そんな気がしました。

そんな学校生活が続いて、3~4ヶ月ぐらい経った頃だったと思います。Kちゃんが私に「ごめんね」と謝ってきたことがありました。どうやら、Kちゃんの私に対する行動を遠くでじっと見ていたKちゃんのお友達が、ある日、Kちゃんに言ってきたらしいのです。「いつもるいさんのこと引っ張りまわして、るいさんに悪いなって思わないの?」と。周りのお友達から見れば、Kちゃんの強引な誘いを断れずにいる私が、Kちゃんに無理矢理引っ張られて連れ回されている、そんな風に見えていたようなのです。

「言われて考えてみたら、いつも私が勝手に引っ張りまわしてるだけなのかもって思って。今までごめんね。」とKちゃん。突然の謝罪に、私は今までの楽しい時間が今日で終わってしまうのかとドキドキしたのですが、慌てて首を横に振って「大丈夫だよ」という意思表示をしました。「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉に、私は大きく首を縦に振り、頷いたのでした。

私の始終、受身の態度がKちゃんの友達に大きな誤解を招いていたことは、私にとっては思いも寄らないことでした。私自身はKちゃんと行動できることを純粋に喜んで楽しんでいたし、Kちゃんもまた毎日私と接していたことで、私のそういう気持ちを自然に理解してくれていて、その上での行動だったと思うし、Kちゃんと私の間では成立していたことが、第3者から見れば全く逆に映って見えていたことは、正直驚きました。

でも、このことでわかったことが一つ。それは、「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉から、Kちゃんが義理ではなく、本当に友達として私を慕ってくれていたという事実。先生に頼まれたから私に近づき、しょうがなく友達になったんじゃないかという疑惑がずっと心のどこかに引っかかっていたものですから、Kちゃんのその言葉で、私はまた一つ、Kちゃんに対する警戒心を解くことが出来たのでした。

「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉から、Kちゃんに対してどんどん心を開き始めた私。次第にKちゃんと2人きりなら首振りに加え、ポツリポツリと言葉でのやりとりをするようになっていました。細かいニュアンスや気持ちを相手に伝えたい時、どうしても言葉での表現が必要になるんですよね。最初は、単語だけだった会話も、数日の間に次第に長い言葉になってきて、気が付けばKちゃんの前でなら家にいる時みたいに普通に話せるようになっていました。長年の癖でついつい首振りが出る時もありましたが、それは私にとっては奇跡でもあり、とても楽しいことでした。友達と会話ができるって、なんて楽しいんだろう!Kちゃんとのたわいも無いやり取りでしたが、私は心の底からKちゃんとの会話を楽しんでいました。

この頃、Kちゃんを通じて、Kちゃんの他の友達数名と一緒に休み時間を過ごすこともありました。私はKちゃんにしか心を許していなかったので、他の友達と一緒の時は、首振りでのやり取りしかできませんでした。なので、私のいない時にKちゃんが他の友達から、「なんでるいさんはKちゃんとしか話さないの?」と聞かれたこともあったようです。(後からKちゃんが教えてくれました)

まだまだ場面緘黙症の症状は残しつつも、友達が出来、会話が出来るようになった私。それは私の今後の人生において、とても重要な意味を持つことだったと思います。Kちゃんとの出会いがなければ、今の私が存在しなかったのは明らかで、私にとって中学2年生という時期は決して忘れることのない、とても大事な節目の時だったと感じています。

続きの記事は、また後日UPさせていただきます



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