*All archives* |  *Admin*

2017/10
<< 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  >>
Kちゃんがくれた奇跡
前回の記事、「Kちゃんが気になる」からの続きになります。

Kちゃんに「友達になろう」と言われ、Kちゃんが毎日話し掛けてくれるようになり、Kちゃんのことがとても気になりだした私。いつの間にか、Kちゃんのことを目で追うようになっていました。Kちゃんのことがすごく気になるのです。後からわかったことですが、これが友達を好きになるってことなんですね。

どこにいても気になる存在。一緒にいると嬉しくなる存在。
学校で初めて出来た、大好きな友達。


子供は学校へ通うのが普通なんだという思いだけで、淡々と登校していた日々。それが、(Kちゃんが待っているから学校に行こう)と思うようになりました。今日は何があるかな、何の話が聞けるかな、と思いながら登校するようになりました。学校という場所に対して”怒”、”哀”、”無”の感情しかなかった私に、”喜”と”楽”が新たに加わり、やっと人間らしい感情”喜怒哀楽”を学校で感じるようになったのでした。とはいえ、”喜”と”楽”はKちゃんと一緒の時限定の感情でしたので、”無”もかなりの割合で残ってはいましたが。

Kちゃんは、とにかく根が明るくて楽しい人でした。でもどちらかと言うと大人しい方になるのかな。クラスの中で大人しい部類でしたが、友達同士だとめちゃくちゃ明るくて、Kちゃんの周りでは常に笑いが絶えない、そんな感じでした。

そんなKちゃんは、私のことをいつも気に掛けてくれました。休み時間とか教室の移動なんかでも積極的に私のところへ来て、「一緒に行こう」と声を掛けては、遠慮がちで優柔不断な態度をとっている私の手を引いて、どんどん歩いていく、そんな感じだったかな。

でもね、そういうKちゃんの態度もとても嬉しかったのを覚えています。私のあらゆる行動はほとんどが受身だったけれど、Kちゃんは友達の中の誰よりも私と一緒にいてくれました。Kちゃんのおかげで、(自分が誰かに必要とされている)という思いさえ感じ、カチンコチンだった感情の氷が毎日少しずつ溶け出してきている、そんな気がしました。

そんな学校生活が続いて、3~4ヶ月ぐらい経った頃だったと思います。Kちゃんが私に「ごめんね」と謝ってきたことがありました。どうやら、Kちゃんの私に対する行動を遠くでじっと見ていたKちゃんのお友達が、ある日、Kちゃんに言ってきたらしいのです。「いつもるいさんのこと引っ張りまわして、るいさんに悪いなって思わないの?」と。周りのお友達から見れば、Kちゃんの強引な誘いを断れずにいる私が、Kちゃんに無理矢理引っ張られて連れ回されている、そんな風に見えていたようなのです。

「言われて考えてみたら、いつも私が勝手に引っ張りまわしてるだけなのかもって思って。今までごめんね。」とKちゃん。突然の謝罪に、私は今までの楽しい時間が今日で終わってしまうのかとドキドキしたのですが、慌てて首を横に振って「大丈夫だよ」という意思表示をしました。「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉に、私は大きく首を縦に振り、頷いたのでした。

私の始終、受身の態度がKちゃんの友達に大きな誤解を招いていたことは、私にとっては思いも寄らないことでした。私自身はKちゃんと行動できることを純粋に喜んで楽しんでいたし、Kちゃんもまた毎日私と接していたことで、私のそういう気持ちを自然に理解してくれていて、その上での行動だったと思うし、Kちゃんと私の間では成立していたことが、第3者から見れば全く逆に映って見えていたことは、正直驚きました。

でも、このことでわかったことが一つ。それは、「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉から、Kちゃんが義理ではなく、本当に友達として私を慕ってくれていたという事実。先生に頼まれたから私に近づき、しょうがなく友達になったんじゃないかという疑惑がずっと心のどこかに引っかかっていたものですから、Kちゃんのその言葉で、私はまた一つ、Kちゃんに対する警戒心を解くことが出来たのでした。

「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉から、Kちゃんに対してどんどん心を開き始めた私。次第にKちゃんと2人きりなら首振りに加え、ポツリポツリと言葉でのやりとりをするようになっていました。細かいニュアンスや気持ちを相手に伝えたい時、どうしても言葉での表現が必要になるんですよね。最初は、単語だけだった会話も、数日の間に次第に長い言葉になってきて、気が付けばKちゃんの前でなら家にいる時みたいに普通に話せるようになっていました。長年の癖でついつい首振りが出る時もありましたが、それは私にとっては奇跡でもあり、とても楽しいことでした。友達と会話ができるって、なんて楽しいんだろう!Kちゃんとのたわいも無いやり取りでしたが、私は心の底からKちゃんとの会話を楽しんでいました。

この頃、Kちゃんを通じて、Kちゃんの他の友達数名と一緒に休み時間を過ごすこともありました。私はKちゃんにしか心を許していなかったので、他の友達と一緒の時は、首振りでのやり取りしかできませんでした。なので、私のいない時にKちゃんが他の友達から、「なんでるいさんはKちゃんとしか話さないの?」と聞かれたこともあったようです。(後からKちゃんが教えてくれました)

まだまだ場面緘黙症の症状は残しつつも、友達が出来、会話が出来るようになった私。それは私の今後の人生において、とても重要な意味を持つことだったと思います。Kちゃんとの出会いがなければ、今の私が存在しなかったのは明らかで、私にとって中学2年生という時期は決して忘れることのない、とても大事な節目の時だったと感じています。

続きの記事は、また後日UPさせていただきます



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

Secret
(非公開コメント受付不可)

こんばんは。
読みながらついつい、子供だった頃の自分と重ねてしまいました。
あまりにそっくりなので。
なかなか心を許せないから、無理やりにでも引っ張っていってくれるのって本当に嬉しいんですよね。
私の中学時代もそんな友達がいました。
そしてやっぱり他の子に、私を振り回してるんじゃないかとも言われてました。
二人してクラスからちょっと外れていたけれど、
そんな子がいたおかげで中学は楽しかったな~

なんかすごい思い出してしまいました。
出会いってとっても大切ですよね。
りるさん、コメントありがとう^^

りるさんも似たような経験をお持ちなんですね~。
引っ張っていってくれる友達って、みんなにはわからないけれど、
動きたくても動けない、なかなか心を開けない、そういう子の気持ちを
しっかりと気付いてやれる力を持っているんじゃないかなって
勝手に私は思っています。

Kちゃんのおかげで、私の中学時代も楽しい思い出でいっぱいになりました。
人との出会いが、人生を変える事だってあるんだな。
今は、そんな風に実感しています。
るいさん、Kちゃんに逢えて本当に良かったですね。
人との出会いで簡単に人生に変わってしまう物だと思いますよ。
私も恩人と呼びたい人はたくさんいます。これって幸せな事ですよね。
小林さん、コメントありがとうございます♪

恩人がたくさんいるってことは、すごく素敵で幸せなことだと思います。
小林さんの人柄が、周りの人をそうさせてしまうのかもしれませんねi-236

緘黙児は、思っていることを口に出して言うことがなかなかできません。
動きたい気持ちはあっても、なかなか行動に移すことが出来ません。
周りからは無視され、存在すら認めてもらえない中、
Kちゃんのように関わりをもとうと話し掛けてくれる子がいます。
緘黙児に関わろうとしてくれる子って、本当に気持ちが優しい子ばかりなんですよね。

Kちゃんとの出会いに、本当に感謝しています。
希望が持てました
私の娘(小1)が場面緘黙です。学校でまわりの子供達は、うまく娘と関わりを持ってくれます。首をふる事で返事のできる問い掛けをしてくれたり、動けない時はひっぱってくれたり。娘は家で、学校の事を笑顔で話してくれます。とてもうれしい事です。まだ、お友達とお話しをする事はできませんが、娘もいつか友達とおしゃべりする楽しさを知る時がくるといいなぁと思いながら、読ませていただきました。母も辛いが子も辛いんですね。ならば母は励まし、力付ける方にまわらねばなりませんね。娘はまだ場面緘黙だという事をわかっていません。るいさんのお話し、とても貴重です。
こんばんは。お久しぶりです(^^)
中学時代にKちゃんと出会うことが出来て本当に良かったですね!

私は本当に学校ではひとことも喋らない子供だったので、克服するのもかなり大変でしたし時間もかかりました。ですが、そんな時期があるからこそ今の自分があるのかなって私も思います。

思い出せば、おもに小学生の時なのですが、教室でひとことも喋らない私に声をかけてくれ、一緒にいてくれる友達が何人かいたのですが、今思えばその時に少しでも克服(しようと努力)するべきだったんじゃないか・・・って、後悔とともに申し訳ない気持ちでいっぱいだったりします。

緘黙で過ごしながらも、楽しい思い出って本当に貴重ですね!

●さくらさんへ

はじめまして!お返事が遅れてしまいすみません。
私の緘黙体験で少しでも希望が持てたならすごく嬉しく思います。

娘さんが場面緘黙なんですね。けれども、クラスメイトたちが
上手に娘さんとお付き合いできているようで良かったですね!
そういうクラスメイトたちとの出会いってとても大切なことですよね。
娘さん自身が緘黙であること知らないと言うことですが、親御さんが
しっかりと心得ておられれば、それだけでも娘さんにとっては十分心強いと思いますよ。
何より、親の理解があるということが一番嬉しいことだと思うので^^
さくらさんの娘さんがもっともっと学校生活が楽しめる日が来ることを
微力ながら応援させていただきます!
●kotoさんへ

こちらこそお久しぶりです~。返事が遅れましてすみません。
場面緘黙の症状としては、きっとkotoさんより私のほうが軽かったんでしょうね。
私は首振り動作に授業中の受け答え、教科書の朗読、ニッコリと笑うぐらいは
出来ていたので、なんとかやり過ごすことが出来ていたように思います。

私が今思い出しても、学生時代は自分がそこに存在するだけで
精一杯で、他のことはほとんど考えられなかったなって思います。
あの時、ああすれば良かったと私も大人になってからいろいろ
考えたりしますが、その時はそうするしかなかった自分がいるわけで、
そういう後悔が出来るようになっただけでも昔よりは成長して
きているんだなと思うようにしています(笑)

それはそうと、小さい頃の方が思ったことをストレートに行動に移すことが
容易いのか、大人しい子に構ってくれる子が多いですよね。
中学・高校生ぐらいになると、自分で考えて行動するようになるからか、
はたまた個々の個性を尊重できるようになるためかわかりませんが、
緘黙児を含め大人しい子に対して関わりを持とうとする人が少ないように思います。
だから、大人になってからはさらに自分から行動できないとどんどん孤立
していく一方だなって実感しています。私も結構未だに孤立していますが(笑)
ネットでこうやって記事を書いたり、皆さんと会話できることがストレス発散に
繋がっています。

話し外れましたが、過去の楽しい思い出は、全て貴重な思い出です!
また思い出したら随時記事にしていきますね。
るいさん、コメントありがとうございます!私、書き込みって初めてだったのでうれしかったです。しかも、緘黙の事で話しが聞けるので。場面緘黙だなんて、娘の診断で初めて聞いた事でした。それって何?と、うろたえるばかりでした。まわりも知らない人ばかりで、今はそれを理解してもらう事を一生懸命やってます。この場で見ていると、場面緘黙の人っていたんだなぁ、頑張っているんだなぁと心強くなります。そして、”本人“の気持ちとか知る事が出来てありがたいなぁと思いながら読ませて貰ってます。そこでお聞きしたいのですが、学校へ行く事は嫌ではなかったのですか?毎日自分で行ってたのですか?娘は自分で登校できません。毎日連れていき、先生にひっぱって貰ってます。そうして中に入ってしまえば、後はそれなりに活動しているようなのですが…。それから、なんで自分が喋れないんだろうと、いつか思う時がくるのですか?そんな時はどうしてあげたらいいのでしょう?やっぱり緘黙を乗り越えるのは本人でしかないし、私は本人が頑張れるように少しでもサポートしたいなぁと思っています。
るいさんも他のみなさんも、また色々お話し教えて下さい。
●さくらさんへ

前回の書き込みが、初めての書き込みだったんですね!
書き込みデビューがうちのブログだったなんて、こちらも嬉しいです^^
では早速、質問へ答えさせていただきますね。

>学校へ行く事は嫌ではなかったのですか?毎日自分で行ってたのですか?

これは不思議なことに、嫌ではなかったんです。
毎日、自分で登校していました。登校するのが当然だと思っていたんです。
インターネット上のいろんな緘黙の記事にも書いてあるかと思いますが、
口を利けないにも関わらず、学校に登校するのが緘黙児の
基本的な特徴とされているようです。理由としては、積極的な拒否や
逃避は逆の意味で目立ってしまうからとされています。
さくらさんの娘さんの場合、登校を拒否できているということは、
ある意味、緘黙症状がそんなに根深くないっていうことなのかもしれませんね。
個人的な考えですが、何かのきっかけで一気に解消するような気がします。

>なんで自分が喋れないんだろうと、いつか思う時がくるのですか?

来ます。
成長過程で、自分が他の人と違う、ということにはっきりと
気付く時が来ると思います。
私の場合、いつだったのかちょっと曖昧ですが、小学中学年ぐらいには
漠然と気づいていたような気がします。
だって、喋れないということは、学校生活において不便な時の方が
多いわけですから。(こんな時に普通に喋れたらな)と思うことが
学校生活で積み重なっていくうちに、気付くと思います。

>そんな時はどうしてあげたらいいのでしょう?

そうですね、私の場合、親が緘黙症のことを知らなかったと思うので、
誰に相談するでもなく、1人で悶々と考えていたので、具体的にはよくわかりません。
自分なりに結論を出したくて、中学生か高校生ぐらいのときかな、
テレビか何かで聞いたことのある「”自閉症”なんじゃないか?」
と考えていた時期もありました。今思えば、全くの見当違いなのですが。

先ほど、「誰に相談するでもなく、1人で悶々と考えていた」
と書きましたが、学生時代のうちは、場面緘黙症であるということは、
悩むことではなく考えるものでした。っていうのも、学校では
先生や優しいお友達がフォローしてくれますので、かなり困ったとしても
なんとかやり過ごすことが出来たからです。

悩むのは、社会人になってからです。
フォローしてくれる人が誰もいなくなり、親からも自立する年齢になり、
本当の意味で一人になった時、本当の現実と向き合うことになります。
私が本当の意味で一番苦しんだのは、社会人になってからでした。
社会人になってから、精神的に絶えて悩みを超えられる力を蓄えるべく、
学生時代のうちに心身ともにいろんな免疫を少しでも多くつけられると
良いんじゃないかなと思います。

あくまでも個人的な見解ですが、思ったことを書かせてもらいました。
るいさんへ
さっそくの貴重なご意見、感謝・感涙です。るいさんは、いい環境での学生生活を送られたんでしょうか?あまり無い緘黙の本の中で、目にしたものは、まわりの生徒にも先生にもイジメられていたというものでした。(恐ろしくて最後まで読めませんでした‥)だからか、そういう事をすごく心配していました。でも今のとこ、娘が通ってる学校は小さい学校なので、上級生からの声かけもあり、学校全体で見守って貰ってるような感じです。
家では、この子お笑い系?!と思うほど、面白い顔したり言ったりして、表情豊かに大きな声で笑いまくってます。今だ場面緘黙って不思議ーと思うところです。
本人はそれについて何も言わないし聞きもしませんが、それでいいんでしょうかね?やはりいつかは克服して社会へ出て欲しいと思いますが、焦ってはダメですしね…。今は何よりも娘の笑顔が救いです。私のほうがくだくだ悩んでしまって、ブツブツ書くかもしれませんが、また色々相談にのって下さい。
●さくらさんへ

私の体験談が少しでもお役に立てるのであれば、
答えられる範囲でいろいろお話したいなと思っていますv-290

>るいさんは、いい環境での学生生活を送られたんでしょうか?

うーん、どうなんでしょうね?
今現在、知らない人とも必要であれば会話が出来るところをみると、
良かったとも言えるし、後遺症がまだまだ残っていることろをみると、
悪い環境のところもあったんだろうなとも思います。
緘黙症といっても個々によって症状は多様ですし、何が良くて何が
悪いとは一概に言えないというのが現状ではないでしょうか。

私の場合、親が緘黙症のことを知らなかったこともあってか、病院や
相談機関などへ連れて行かれることも無く、特にこれといった対応を
されなかったこともあり、自分が周りの子と違うということを意識する
必要が無かったというのが良かった点かなと思います。

学校でも、そのことでいじめを受けたという記憶が無いですね。
私の場合、授業中は普通に発言したり作業したりということができたのと、
周りの子より体が大きかったこと、それから、自分で言うのもなんですが、
学年の中でも成績が上だったこともあり、かろうじていじめの対象には
ならなかったのかなと思っています。
もしかしたら、いじめの対象にならないぐらい、みんなから無視されていた
だけかもしれませんが。

同じ緘黙児でも、残念ながらいじめの標的にされることもあると思います。
私もクラスメイトに差別的な言葉は何度も言われたこともありますし、
それがエスカレートするかしないかは、運に任せるとしか言いようがありません。

それにしても書き込み内容だけの印象ですが、さくらさんの娘さんが通っている
学校は、良さそうな雰囲気ですね!小さい学校というのも、アットホームな感じで
娘さんには良いのかもしれませんね。

緘黙であることを本人に知らせるかどうかは、親御さんにとって気になるところだと
は思いますが、私としては本人が気付くまで言わないほうが良いのではと思います。
というのも、緘黙児は繊細な子が多いと思いますので、自分が緘黙であることが
気になってしょうがなくなるのではないかと思います。
何かでつまずいた時、「緘黙症のせいだ」「私が緘黙症だから」とそこに逃げてしまう
可能性もあります。いったん逃げ場所が出来てしまうと、そこから先、前へ進もうとする
意識が薄くなるような気がして、私は告知はあまりおすすめしません。

もし子供の時に自分が緘黙症だと知っていたら、今の自分は無かったと思います。
ただ、親には自分が緘黙児であることを知っていて欲しかったですね。
知っているのにそれを伝えられないのは、親御さんにとっては
大変苦しいことかも知れませんが、緘黙であることを意識させないこと、
自分が他のみんなとなんら違わない存在なんだということを
実感させてやるのが一番大事なんじゃないかなと思います。
自分を丸ごと受け止めてくれる親御さんの存在が、一番の支えになることと思います。

>家では、この子お笑い系?!と思うほど、面白い顔したり言ったりして、表情豊かに大きな声で笑いまくってます。今だ場面緘黙って不思議ーと思うところです。

そういえば、私も家ではイタズラしたり家族を笑わせたりというのが大好きでしたよ。
セロハンテープをマジックで黒く塗り、それを眉毛に貼り付けて、「郷ひろみ~♪」とか
やってみたり、冷蔵庫の中にある卵や野菜にこっそりと目や鼻、口を書いておいて
料理しようとした人をびっくりさせたり(笑)

根は明るいのに、それを外で表現できないというのは、やっぱり多少なりストレス
なんですよね。でも、そのストレスを発散できる場(家庭)があることでバランスが取れ、
なんとかやっていけるんですよね。是非、家庭では安心して伸び伸びしていられるよう、
親子で笑顔でいられる時間をたくさん作ってあげてくださいね!
訪問ありがとうございます☆
online☆
現在の閲覧者数:
最新の記事☆
最近のコメント☆
  • 10/13:るい

  • 10/06:小林 一弘

  • 10/06:るい

  • 10/03:小林 一弘

  • 07/13:るい

ブログ・ランキング☆
いつもありがとうございます♪





プロフィール☆

るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に通学中。

☆来訪された皆様へ☆
当ブログはリンクフリーです。報告していただけると大変喜びます。★家族に内緒で開設しているため、家族が家にいる日は基本的に記事更新・コメントへの返信がほとんど出来ませんのでご理解ください。★当ブログ内の文章・画像などは無断で使用されないようお願いします。★宣伝やネットマナーに反するもの、私の嫌いな言葉遣いのコメントは管理人の権限で予告なく削除となりますのでご理解ください。
カテゴリー☆
緘黙仲間&お友達☆
月別アーカイブ☆
ブログ内検索できます☆
amazon