「どうして僕を産んだの?」 

2007, 12. 17 (Mon) 09:13

またまた少し間があいてしまいました。のんびりマイペースに更新です。

さて、ここ数ヶ月にあった息子とのことを書きたいと思います。最近、タイトルのようなことをたびたび質問してくる息子。子供のことなので、どういう真意で質問しているかが読めず、親としてはちょっと困惑していました。

初めて「どうして僕を産んだの?」と質問された時には、ドキッとしながらも、「ゴン(息子の名前)と一緒に遊んだりしたいからだよ」と答えました。「ふ~ん、そうなの。」と息子。数日経ってまた質問された時には、「パパとママだけだと寂しいでしょ?だからゴンを産んだんだよ」と答えました。「ふ~ん、そうなんだ」と息子。なんか不服そう??

それからまた数日後に同じ質問をされた時には、「どうしてだろうねえ・・・」と、ついつい言葉に詰まってしまいました。何度も同じ質問をしてくるということは、息子が私の返答に全然満足していないっていうことなんでしょう。また質問される前に息子の納得するような返答を考えなくちゃ、と思っていたところ、また息子から質問が。

何度も同じ質問をされていると、もともとネガティブ思考の私としては、どうしても脳裏をよぎる疑問があったものですから、今度は逆に、「どうしてそう思うの?産まれたくなかったの?」と聞いてみました。「ううん。」と首を横に振り、違うとのこと。そして、「僕を殴ったりしたいから産んだの?」と言われ、びっくりしてしまいました。

正直なところ、確かに、何度も息子に手を上げたことはあります。特に息子が3、4歳の頃かな。息子が言っても聞かない時期だったこともあるし、私自身が不安定だった時には、自分でもカッときて歯止めが利かないっていうこともありました。(主人が止めに入るぐらいの時もありました)そういう時でも、グーで殴ることは絶対無かったのですが、息子にしてみれば、殴られたと誤認するぐらいの恐怖だったということなのだと思います。「ゴンは、ママが怖い?」と聞くと、「怖いよ!!」と即答されました。思わず、「怖いママでごめんね」と息子を抱きしめずにはいられませんでした。

私自身、性格が短気なのは自覚していましたが、育児によってその短気もかなり磨きがかかっていたことは感じていました。比べることは良くないとは知っているのですが、どうしても周りと比べてしまうのが子供の成長です。いろんなことが周りの子より遅れていた息子に、母としては不安と焦りを感じ、イライラすることが多かったなと思います。

息子が幼稚園に通うようになって、息子と同じ年頃の子でもいろんな子がいるということを目の当たりに感じ、先生からの助言もあったりして、私の中で不安だったり焦っていた気持ちが徐々に薄れてきたのが、今の現状です。

前だったら「~しなさい!」「何やってんの!」と言っていたところが、今では「~した方がいいんじゃないかな」「あ~、おしい!もうちょっとだったね!」というような言い方に変化してきているので、個人的にはだいぶ感情のコントロールができるようになったな♪と思っていたのですが、それ以前の行いが悪すぎたのでしょうね、これまでの息子の記憶の中に私に怒られた記憶が強烈に残っているということを知り、結構ショックだったのと、それ以上に今までの行いに対する後悔の気持ちでいっぱいになったのでした。

逆に考えると、今の私だからこそ息子は素直な気持ちを言葉にして伝えてくれたのかもしれませんね。以前の私だったら、「なんだとお!!」と逆上していたかもしれません。さて、そんな母の心の動揺も知らず(?)、数日経って息子の同じ質問は続きます。「どうして僕を産んだの?」 今度は、こんな風に答えてみました。

「ゴンのほうから『生まれて来たい!』ってやってきたんだよ。パパとママはね、男の子だったらいいな~って思っていたら、本当に男の子で、『やったあ!』って喜んだんだよ。」

「ほんとに?男の子で良かった!って思ったの!?」
「そうだよ~、嬉しかったんだよ~」

その後の息子は、ニコニコ顔です。
自分が必要とされていることを感じたかったのかな。
自分の存在を認めて欲しかったのかな。
自分が親にどう思われているのか知りたかったのかな。

その後、同じ質問をしてこなくなったところを見ると、きっとこういう答えを待っていたのかな。息子の気まぐれな質問から、思いもよらなかった収穫があったように感じました。


(後日談)
結局のところ、息子は、「人間がどうして生まれてくるのか不思議だから」という人類学的(?)、科学的(?)、医学的(?)というか、そういう視点からの疑問で、私に質問を投げかけていたことがわかりました。ここのところ、幼稚園の同じ組の子に、弟や妹が生まれることが多かったもので、そういう疑問が浮かんできたみたいです。「どうして僕を産んだの?」には、いろんな意味が凝縮されていたんですね。とりあえず、質問から開放されてほっとしております。



☆ブログランキングに参加しています。 ポチッと応援よろしくお願いします。


コメント

ふわり

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
(遅すぎる挨拶でごめんなさい。)

「どうして僕を産んだの?」という意味深い質問にドキッとしてしまいました。
子供って、時々するどい発言をしてきますよね。
私ももし、同じような質問をされたらどうしよう、なんて考えてしまいました。
きっと、「会いたかったからだよ。」とか答えるかもしれません。

でもるいさんのいうように、存在を認めてほしいという気持ちが
子供にはあるかもしれないから、そういう答え方をしなくちゃな、と思いました。
いつ質問されてもいいように、今から考えておきます。
なんだか私もゴンちゃんのおかげでいい勉強になりました。

2008/01/26 (Sat) 00:28 | ふわり | 編集 | 返信

るい

ふわりさん、こちらこそ今年もよろしくお願いします。
(新年の挨拶は、1月中だったらセーフとしましょう(笑))

子供の発言、本当に時々はっとさせられます。
生命の誕生って、大人になっても不思議なものですよね。
うまく説明できないけれど、この世に存在している、ということ。
それが誰であろうとも、嬉しいことなんだよという気持ちが
息子に伝わればいいかなと思っています。

子供を通して、当たり前のように思っていたことが違う角度から
考える機会を与えられ、いろいろと勉強の毎日です。
最近は、恐竜が活躍していた時代のことを息子にいろいろと
質問されるので、答えられるように息子と一緒に恐竜の本を
読みまくっています。これも勉強?かな??(笑)

2008/01/29 (Tue) 11:33 | るい | 編集 | 返信

ゆきんこ

永遠に回答できない質問

ゴン君と同じ誕生日のゆきんこです。
私も自分のブログを何度も読み返しています。
察するところ、ゴン君は自分も含めた生命の神秘というか、
過去→現在→未来という時空間で事物を科学的に探求することができる発達段階に到達されたのですね。

ところで、パラサイトシングルの私は未だに年老いた母に
「産んでくれと頼んだ覚えはない」などと悪態をつくことがあります。母と私は長年父のDVに苦しんできましたし、父は生まれて間もない私を押入れに閉じ込めていた事実を明かしてくれました。生物学的には親になることはそれほど難しくないかもしれませんが、子育てのプロセスは並大抵ではありませんね。
るいさんがこの記事をかかれたとき、「家族関係学特講」という講義を履修していました。
親も子どもも、自分自身が生まれ、また自分もかけがえのない命を生み出す存在なのだと気づけたら、一人一人を自分のことのように大切に思えるのかもしれませんね。
もちろん、究極の理想ですけどね。

どうか、これからはゴンちゃんを叩かないでください。
貴方の命を分けた比べることなんてできない大切な息子さんです。元被虐児からの御願いです。

2008/02/17 (Sun) 20:40 | ゆきんこ | 編集 | 返信

るい

考えさせられます

ゆきんこさん、ご無沙汰しています。
コメント、ありがとうございます。

息子を妊娠した時、嬉しいより先に(どうしよう)という気持ちが優先した
という経緯があります。生物学的には大人でも、精神的にはまだまだ
幼稚ですし、こんな自分が親になっていいのだろうか、自分が人間を
育てることなどできない等、いろいろ悩みつつ現在に至ります。
だから、今回の息子の質問に正直、うろたえた部分がありました。

親が子供に与える影響って多大だなって思います。
自分が親になってみて、子育てを通してそのことをさらに強く実感しています。
そして逆に、子供の影響も親には多大であることも実感しています。

少子化の時代ですから、育児経験の無い方がいっぱいいらっしゃいます。
けれども、誰もがみんな子供だったんですよね。子供の頃の気持ちを
覚えておければ、大人になってからゆきんこさんのように子供の立場に
なって物事を考えられる大人になれるんだろうなって思います。

今ここでこうして生きていることの奇跡を実感できたら、虐待なんて
起こらないんでしょうね。当たり前と感じていること全てに感謝して、
息子と楽しい時間をたくさん共有していきたいと思います。
素敵なコメント、ありがとうございましたi-189

2008/02/19 (Tue) 11:44 | るい | 編集 | 返信

桜花

初めまして

るいさん、初めまして。m(_ _)m

HSP記事から読み始めて、ふとゴンちゃんのこの記事に目が止まりコメントさせていただきたくなりました。

ゴンちゃんとるいさんの関係は、幼少期の私と私の母のようで何だか心が痛くなります。

多分、ゴンちゃんは子供って大人がそれぞれに持つニーズによって産まれてくるんだと思ってるんじゃないかな。

子供を可愛がりたくて産んだパパとママの子供は、可愛がられる。

…なら、僕の場合は?
もしかしてママは子供が殴りたくて僕を産んだのかな?
だから僕をよく殴るのかな?

それとも…僕じゃなくて女の子が産まれてくると思ってたのに、僕だったからいらないと思って僕を殴ってたのかも。

とにかく…ゴンちゃんの中で殴られた事に対して今だに気持ちの整理が出来てないように感じました。

君が欲しかったんだよ、というのも勿論必要ですが…ゴンちゃんに躾とはいえ叩きすぎたこと感情的だったことを謝るといいのではないでしょうか。

多分、彼はまだしっかり覚えてるみたいですし『悪いお母さんでごめんね』では曖昧すぎて、彼にとって許せる謝罪にはできないと思うんです。

るいさんにとって、何でそこまでしなきゃいけない?と思うかもしれませんが、理由は次のコメントに書かせていただきますので、もし良かったら読んでください。

ゴンちゃんとるいさんが分かり合えたら…と出過ぎた気持ちで書かせていただきましたが、ご不快に思われましたら遠慮なく削除してください。


2008/03/31 (Mon) 16:03 | 桜花 | 編集 | 返信

桜花

続き

続きです。
読んでくださって、ありがとう。

るいさんも色々と悩まれていたと思います。
私の母もそうだったのか…。

私もよく叩かれてました。
でも…叩かれる理由が子供だからよく理解できないんです。

いきなり大声で怒鳴られ、凄い怖い顔で睨まれ、次の瞬間に手が飛んでくる。

もしくは、いきなり頭や体に衝撃が来て『叩かれた!』と頭で理解する前に怒鳴り散らされる…

きっと、るいさんと同じく母もそれなりの理由を述べて叱責をしてたと思うのですが、大概の子供は親の怒りにパニックを起こして話しを聞けてなかったりするのです。

そしてそんな状態の子供が出来ることは、反省ではなく、ただただ、自分を守ることだけ。

自分への言葉や力の暴力が早く終わるよう大人しく耐える…もしくは『怖いからやめて!僕を私をもういじめないで!』という心の言葉を泣き叫ぶという形にし、自分にできる反撃をする。

大人にとっては躾という正当な理由があっての行動かもしれません…

だけど、子供の脳の理解力・判断力そして心のキャパシティを考えたら全然未熟で大人の比ではなく、大きな大人の感情を前に出した叱責は子供にしては理不尽な暴力でしかないのです。

親にしてみれば、体力も気力も伴う叱責がそんな風にとられてるなんて報われませんよね。

でも、もし私達の前に身の丈3mを越す人が現れて大声で怒鳴ったり手を振り上げたら怖いですよね。

幼児から小学低学年が大人に感じる身長差は、私達に換算するとそれぐらい大きさだと思うんです。

だから、聞き分けさせたいときは目線を合わせて本人に考えさせながら子供にも分かる言葉で叱れば、本人も考える態勢になれるので良いと思いますよ。

ゴンちゃんに謝ってください、と書いたのはるいさんの叱責がゴンちゃんにとって、悲しい間違った記憶になるのを防ぎリセットしてもらう為なんです。

ゴンちゃんも後、20年もしないうちに1人の大人になります。

その時に、悲しい記憶で苦しむことがないよう…謝ってあげてください。

我が子といえど、間違ったことをした時はちゃんと向き合って謝るという姿勢を見せることで、ゴンちゃんに何かを教えることもできるのではないでしょうか。

長々と自論を申しましてすみません。

先のコメントと同じく、不快に感じられましたら遠慮なく削除してください。

どうぞ、よろしくお願いします…。

2008/03/31 (Mon) 16:20 | 桜花 | 編集 | 返信

るい

●桜花さんへ

初めまして。ブログへの訪問、そしてコメントまで頂きありがとうございます。
パソコンの前に座る時間がなかなか取れず、お返事が遅れてしまいました。

コメントは続きも全部読ませていただきました。
不快に感じるどころか、桜花さんに感謝したい気持ちでいっぱいです。
歳を重ねるにつれ、助言や指摘をいただく機会が減っていく中、
このようなコメントは大変ありがたく感じています。

「続き」のコメントの内容は、否定する予知すらありません。
全くその通りだと思います。
そして、今だからこそすんなり受け止めることができる言葉だと思います。

当時の自分の状態をわかりやすく言うと、育児ノイローゼとでもいうのでしょうか。
自分であっても自分ではない、自己コントロールのきかない状態に陥っていた
ように思います。今なら、もっと上手に子供と接することも出来るのに、という
思いは今でもずっと抱えています。

桜花さんのコメントを読んで、当時のことを改めて子供に謝ろうと思います。
ただ、普段の生活の中でその嫌な思いをわざわざ思い返したくはないので、
子供からまたその当時のことを話し出した時を見計らってしっかり謝ろうと思います。

当時、私が子供に手を上げたことがあるのは事実です。しかし、それは毎日のように
日常的に行われていたことではない、ということだけ、最後に一言付け加えさせて
いただきたいと思います。
私の場合、実際に手を上げたのは回数でいえば、6~8回ぐらいかと思います。
しかし、それは回数や怪我の有無、どれぐらいの期間だったのかなどの
問題ではなく、そのことで子供にどれだけのダメージを与えたかということ
であることは、重々承知しているつもりです。

今でこそ私にはわかることがあります。
自分の子供がどれだけ繊細で、傷つきやすい心をもった存在なのかということ。
当時の私の存在は、どんなにか恐ろしい存在だったことでしょう。
桜花さんのコメントで改めていろいろ考えさせられる機会を頂きました。
本当にありがとうございました。

それから逆に、私のこの記事で桜花さん自身に嫌な記憶を思い起こさせて
しまったこと、本当に申し訳なく思います。申し訳ありませんでした。
こんなブログですけど、また気軽にいらしてくださいね^^

2008/04/03 (Thu) 15:42 | るい | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント