「電話が怖い」そう確信したのは、社会人になり働き始めるようになってからでした。 最初就職した会社では、とても忙しい係に配属され、電話が鳴っていても滅多に受話器を取れるような状況ではなく、同じフロアの別の係の方が電話の対応を引き受けてくれていました。周りからも「あそこの係は忙しいから」と暗黙の了解みたいなものもあったりして。仕事上、お客さんに直接電話することもありましたが、電話するまではとても緊張するものの、恐怖心までには至っていなかったと思います。「電話は苦手」ぐらいの認識でした。

1年後、数人の係替えがあり、私は別の係へ配属されました。その係は別名「雑用係」と言われる係で、それなりに仕事はあるものの、主に電話番といった感じの係でした。お局様と2人だけの係。それだけでも嫌な感じはしていました。他の係の人達は忙しいだろうからと、なるべく電話に出るようになりました。苦手だとはいいつつも、自分なりにずいぶんこなしていたと思います。

ある日、電話が鳴っていたのは気付いたのですが、自分がちょうどある伝票の集計中だったため、手が放せなかったことがありました。隣の席にいたお局様が電話に出てくれるだろうと思いきや、そのお局様は、くるっと私に顔を向けると、「るいさん、電話鳴ってるわよ。」と一言。やむを得ず、私は集計をしている手を止めて電話に出ることになりました。もちろん集計はやり直し。その時は、「お局様も忙しかったのかな」と思っていたのですが、電話がちょっと鳴りっぱなしになっていると、「るいさん、ほら、電話!」「鳴ってるよ!」「ほら、るいさん!」と私が電話に出るようにとせかされるようになりました。

もちろん、お局様や他の係の人達も手が空いている時には電話を取ってくれるのだけれど、それ以上に「私が電話を取らなければならないんだ」という義務感みたいなものが私の心の中に生まれていました。いつしかそれは、私の中で負担となり、数日後、 電話が鳴ると動悸がするようになりました。さらにその数日後には、電話は取るものの、 「もしもし」という言葉がなかなか出てこないという状態にまで発展してしまいました。そういう状態にまでなり、私は焦りました。電話を取らなければならないのに言葉が出ないんじゃ困る。なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ。。。

そして数日後、今度は「少々お待ち下さい」の「少々」の言葉が出てこなくなりました。電話は私にとって「恐怖の代名詞」とも言えるほどこの上なく恐ろしいものとなってしまいました。 電話が原因による動悸、失言・・・おそらく電話恐怖症になったんだろうと思います。

思い起こせば、子供の頃から確かに電話は苦手だったように思います。子供の頃って電話を使う機会もそんなになかったし、しかも友達も少なかったこともあり、電話に接する機会がほとんどなく、電話を頻繁に使うようになったのは社会人になってからだったように思います。 思えば、そんな私が電話番になろうなどというのがそもそも無理なことだった のかも知れません。

後日談ですが、電話が恐怖に感じるようになって以降、出てこない言葉に関しては、言い回しを変えて応対し、なんとか業務はこなしていました。「言葉が出ない」という事実に関しては、誰かに気付かれやしないかといつもびくびくしている状態でした。周りの人達に「変な人だ」と思われたくない、という気持ちがとても強かったように思います。 だから、上司にも相談しなかったんでしょう。誰かに相談する、なんてことも当時は思い浮かびませんでした。
このことを知ってか知らずか・・・運良く異例の早さ(3ヶ月)でその係からまた他の係へと私は異動することとなり、電話番から遠ざかったことでこの状況はちょっとずつ治っていきました。お局様のせかす言葉が、強迫観念を生み出していたようにも思います。

それにしても、この場合は「電話を受ける」ということでの出来事だったわけですが、 自分から「電話をかける」という行為に於いては、今も昔も変わらず異常なまでに緊張してしまいます。自分の知っている人が電話に出るとわかっている時(携帯電話)などは大丈夫なのですが。

例えば、 嫁いだ姉に電話する場合、旦那さんが電話に出るかも知れないとか思うと、緊張してなかなか電話できないなんてこともあります。恥ずかしい話ですが。。。
考えてみたら、電話って声でしか状況を伝えられないんですよね。いわば、ごまかしの利かない連絡手段。自分の受け答えで良くも悪くもなるような・・・そんな緊張感をいつも抱えているような気がします。そんな考えを持っている限り、私の電話に対する恐怖心はいつまでも付きまとうに違いありません。

実は、この電話恐怖症の体験後、私は転職先でも新たに電話恐怖症を発症することとなります。つくづく私は電話が苦手なようです。。




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