こんにちは。私は、場面緘黙症と恐怖症の経験を持つ主婦です。

自分が場面緘黙だったと知ったのは、社会人になってから。
今でも緘黙の後遺症は引きずっていて、不器用な人間関係を送っています。
緘黙の他に、恐怖症や吃音などの経験があります。

今回、ブログを通して、私が緘黙と恐怖症を抱き合わせて生きてきた今までのこと、
それ以外の記憶も含めて”回想録”として記録してみることにしました。
個人的な話をブログにして、いったい何の意味があるのか?と思われるかもしれませんが、
これには、未だあまり理解されていないと思われる緘黙症の知名度をUPさせる目的と、
個人的に自分自身の過去を振り返って見たいという私個人の思惑があります。

サブタイトルの”中間族な私”の意味は、自己診断で自分自身が緘黙症、恐怖症だと
悟っているにも関わらず、医者に通って治療を受けるほどでもなく、
かといって、世の中を上手く渡っているわけでもない、
そんな中間の立場で生活している自分自身を例えた言葉です。

一見、心身共に健全なように見えることで、社会に溶け込んだ生活は送っているのですが、
実際には周りと同じようなリアクションがとれないことで孤立することが多く、
苦悩しつつ生活している、そんな中間な立場での体験談をここでは主に書いています。

こんな風に紹介文を書くと、根暗で大人しくて無口な私のイメージ像が思い浮かぶと思いますが、
それはあくまでも私が抱えている(悩んでいる)表向きなイメージで、心の内は正反対だったりします。

長くなりましたが、興味があれば、そんな私の回想録をご覧下さいね。
どうぞよろしくお願いします。



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