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2012/02
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不思議な出来事。。。
久しぶりの更新です。気が付けば、もう2月ですか。早いですね。

義母が亡くなってから早4ヶ月が過ぎました。正直、未だに実感がありません。毎週末、義父の様子を見に、旦那の実家へ顔を出しているのですが、いつ行っても部屋の奥から義母が「寒いのに、良く来たねえ!」なんて言いながら出てきそうな雰囲気で。

そんな話を旦那と話していたら、義父に、「そうだよ、まだいるんだよ。俺はいつも話をしてんだよ。」と、当然のように言われました。いつも布団を敷いて寝ていた場所に、義母がまだいるんだそうです。それは、義母の姿が見える見えないということではなくて、それこそ雰囲気なんだと思うんですが。

先月、テレビで偶然、映画「おくりびと」を観たのですが、最後まで観られませんでした。特に、死に化粧のシーンは・・・。本当は、私のような素人のメイクではなく、義母もプロのメイクで綺麗にしてもらいたかったんじゃないかとか思うと、涙が溢れてきて画面を直視できませんでした。

実は今でも、(義母の最期の大事な場面で、私のメイクで本当に良かったのか)と後悔する時があるんです。私がそう呟くたびに主人はいつもこう言うんです。「お前で良かったんだよ。知らない人に体をあちこち触られて、切り刻まれて・・・親父も俺もお袋も、これ以上知らないヤツに体を触られるのは耐えられなかったんだから。」と。

義母の訃報の記事には書かなかったのですが、義母は病院へ運ばれた時はすでに息絶えており、意識が回復することなく死亡宣告を受けたため、死亡した場所は自宅ということになり、病院で死亡診断書を書いてもらえなかったんですね。

ということで、病院側から警察側へ回され、事件性の有無を判断するために、義父のお宅は現場検証をされ、義母の遺体は病院内で警察の方に調べられたのですが、外傷が見当たらず死因が特定できないということで、翌日、死亡解剖へ回され・・・と大変だったのです。なので、メイクぐらいは身内でやってやりたいという思いが、義父と主人にはあったみたいで。その話をされると、私も一応納得するのですが、少し経つとまた後悔の念がぐるぐる・・・ということを繰り返しています。この思いは一生続くんだろうな。。。

そういえば義母の急逝後、不思議な出来事がちらほらありました。死亡解剖の行われる場所(東京都監察医務院)へ義父を送り届けるため、主人がうちのマンションの駐車場にある車に乗り込んだ直後、「悪いねぇ~」という声が聞こえたそうです。それは義母の口癖であり、そしてその声が聞こえてきたのは、うちの車に乗る時、いつも義母が座っていた後部座席の方からだったそうです。みんなの慌て振りをこっそり見ていて、そう呟いちゃったのかもしれませんね。

それから、49日の法要の時。朝から今にも雨が降出しそうな雲行きだったのですが、法要の間は雨に降られることなく、無事に納骨まで済ませることが出来たんですね。そして、さあ、車に乗り込んで帰ろうか、という時になって急に雨が降り出したんです!まるで私達が無事に法要を終えるのを待っていたかのようなタイミングで、すごくビックリしました。

義母が亡くなって約2ヶ月後に主人の誕生日があったんですが、どうやらそのことをすっかり忘れていたらしい義父。日課にしているお経を仏前であげていたら、突如、「今日は●●(主人の名前)の誕生日だよ!」という言葉がはっきりと聞こえてきたそうです。しかも、ちょっと怒った口調だったとのこと。誕生日とかクリスマスとか節分とか・・・義母はそういうイベントというか、節目をとても大事にする人でした。大事な息子の誕生日を忘れている義父にちょっとイラッとしたのかもしれません。

それから、義父と一緒に外食した時のこと。以前から毎月1回は一緒に外食する習慣になっていたので、義母が急逝後、少し落ち着いた頃に約束していた外食をしたんですよね。混んでいたので、受付に名前と人数を書いて待っていて、順番が来て呼ばれたので席に着き、受付の人に渡されたおしぼりを配ったのですが、あれ?1枚多い・・・・。受付で人数は4名と書いたはずなのに、渡されたおしぼりは5枚。おそらくですが・・・受付の人には義母の姿が見えていて、1枚おしぼりを追加してくれたのだと思わざるを得ない出来事でした。


私個人としては、義母の声が聞こえたことは無いのですが、なんとなく気配を感じる時があるんですよね。最初に感じたのは義母のお葬式の最中。イスに座っている時に、3度ほど強烈な寒気を感じました。後から、息子も同じように寒気を感じていたことを知りました。私の真後ろが息子の席だったのですが、義母が息子のことを心配して何度か近づいていたのかもしれません。

その他、家にいる時にも強烈な寒気を感じることが数回。中でも強烈だったのが、義母のお葬式が終わって1週間後のこと。息子のリクエストで餃子を作っていたんですね。私は、玄関に通じる廊下に背を向けた状態でテーブルの前に座り、せっせと餃子を包んでいたのですが、強烈な身震いと共に寒気を感じた瞬間、(お義母さんが来た!)と思いました。

餃子は、義母が元気だった頃、得意とする料理の1つでした。義母の餃子は、私もたくさん食べさせてもらったし、息子が餃子大好きになったきっかけも義母の餃子でした。そして、私自身も餃子を手作りするようになったのも義母の影響で。。。この時の寒気は本当に強烈でした。体の芯の芯から沸き上がるような寒気を感じたんですから。ちなみに、主人はこういう寒気は一度も感じていないそうです。不思議なもんですね。

そして最後にもう一つ。実は、義母が亡くなったあの日、私と主人と息子は、地域の作品展の会場へ行っていました。というのも、息子の夏休み中の自由研究の作品が学校の代表の1つとして選ばれ、展示されていたので。義母が倒れたことも知らないで、そこで記念写真を撮ったりしていました。その30分後、義父から電話で知らせを受けて慌てて帰宅し、車で病院へ駆けつけるわけですが。。。

その2日後ぐらいかな、お通夜の前日の夜中のこと。眠れずにいた私に主人が、「実は、もしかしたら・・・と思って見ていたら、不自然な光が写ってたんだよ。」とカメラを出してきました。義母が亡くなったあの日、作品展で撮った写真。その中の1枚、自分の作品と並んで写っている息子に、尾を帯びたような丸く輝く光が写りこんでいました。

天気の良い日だったし、ブラインドを閉じた状態の窓も写っていたし、窓の隙間から差し込んだ光じゃないの?もしくは、蛍光灯の光が息子のTシャツに反射したんじゃないの?などといろいろ主人と二人で考えたのですが、どうしてもその位置に光が当たるような角度ではなくて。で、何となくその光をズームにしてみたんですね。

すると。その光の中には、うっすらと義母の顔が浮かんでいました。それは、必死の形相で何かを訴えているかのような、必死に息子に話しかけているような、そんな表情でした。その気配を察知してか、息子の視線はカメラの方ではなく、その光の方を向いて写っていました。主人と私はその場で二人、眠っている息子が起きないようにひっそりと泣き崩れました。息子のことが大好きだった義母。亡くなったあの日は、一緒に外食をする予定で、義母にとっては久しぶりに大好きな孫に会えるはずの日でした。

自宅で倒れた時点で即死状態だった義母。病院へ運ばれても尚、息を吹き返すことがなく救命処置をうち切ろうとしていた時、一瞬、ピクンと心臓に反応があったんだそうです。それで、救命処置を延長することになり、私と主人と息子は、義母の死亡宣告にギリギリで間に合ったのでした。義父の話だと、義母の心臓が一瞬動いたという時間が、10時頃。そして、私が不思議な丸い光の写真を撮った時間が10時1分。時間的に一致するんですよね。きっと義母の強い思いが一瞬の奇跡を見せたのだろうと思っています。




ブログを書こうと思うと、どうしても義母のことを書いてしまいます。今だに尾を引くぐらい、義母の死は私の中でとても強烈な出来事だったのだと思います。ふとした瞬間に、死亡宣告を受けた時やお葬式の時などの情景が頭の中に甦ってきては涙が溢れてきます。きっと、軽いPTSDなのかもしれません。けれど、このことは忘れたくなかったので、あえて記事に残すことにしました。

こういう不思議な出来事は、思い込みだという人もいるかもしれませんが、個人的に私はこういう不思議なことは起こりうると信じています。写真のことは、息子には教えていません。きっと怖がってしまうとおもうので。息子が大人になった時、義母は息子が大好きだったんだよと、この写真のことを話してやろうと思っています。

こういう記事を書くのはこれで最後!次回からは、別な話題で更新していきたいと思います。
長文にお付き合い下さりありがとうございました


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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に通学中。

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