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2008/10
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終わりました!!
ここ何度か記事にも書かせてもらっていた学校のPTA役員の仕事ですが、先日の土曜日を持って終了しました!! いや、実際のところ、年度内はPTAの役員としての肩書きは残るのですが、実質的な活動はこれにて終了、ということになります。 最後の仕事は、学校の秋祭りみたいな行事の手伝いだったのですが、バザーの担当を手伝うことになり、前日にはバザー会場のセッティングや細かい準備で3時間ぐらい立ちっぱなし、動きっぱなし。当日は、バザーの会計の担当になり、電卓をたたいてお釣りを渡したり、売れた物を袋に入れて渡したり・・・ 

いや~、会計係、緊張しました。たかだか学校のバザーとはいえ、人と接するわけですから。しかも、待たせないように迅速に確実に丁寧にこなさなくてはならないわけですから。そして、お客さんは、私のすることをじっと見てるわけで。でも忙しすぎて、途中からは人の視線を感じるどころではありませんでしたが 一つの会計を2人ずつペアになって担当するのですが、私とペアになった高学年の子のママさんは、とても接客が上手で、大変参考になりました。

私の担当は前半の2時間で、後半2時間は自由時間がもらえたので、後半は息子と主人と合流し、ゲームに参加したり、売店で買ったものを食べたりと過ごしました。お祭り終了後は、今度は会場の片付け。全部終了したのが、当日の午後3時ごろかな。無我夢中って感じでした。

私的にかなり気を張っていたらしく、どっぷり疲れて家に帰って少し横になろうと思うのですが、体のテンションが上がっているらしく、眠りたいのに全然眠れないし、そのくせ、横になった体は起き上がることすら大変になっていて、この日の夕飯は、スーパーで買ってきたお弁当となってしまいました。。。

翌日も疲れがなかなか取れなくて、一日中ごろごろして過ごし、やっと回復したっていう感じですね。なのにまだ「終わった!」という実感がわかないのが不思議です。それだけ気を張っていたということなんでしょうね。早く、「終わった!!」という実感を味わって、重荷から開放されたいです~。またPTAの方から呼び出しがあるんじゃないかという気がしてならないんですよね。年度内は、こんな気持ちで過ごすことになるのかな、もしかして

余談ですが、私がバザーの仕事をしている間、息子の面倒は主人にしてもらいました。前の記事にも書きましたが、息子は「パパ嫌い」の傾向がかなりあります。なので、息子はほとんど無口、主人も息子に嫌われているのをわかっているので、緊張して無口気味という怪しい親子2人組みで歩いていたようです。途中、息子のことを知っている先生(女の先生です)に出会って、「こんにちは」と挨拶されるも、だんまりの息子。主人と一緒にいるのを嫌そうにしている息子の様子をみた先生が、主人のことを不思議そうな顔で見ていたそうです。そういう話を家に帰ってきてから聞いたので、
「パパとゴンは顔も似てないし、(主人が)不審者だと思われたんじゃない?」と言ったところ、家族3人で大爆笑となったのでした。笑えるうちは、まだ主人と息子の関係を修復できる可能性が十分ありだと思うので、PTAの仕事が終わった今、今後は親子関係の修復に努めたいと思っています。

ところで先日、息子に、「なんでそんなにパパが嫌いなの?」と直球で聞いてみたところ、「本当は嫌いじゃないんだけど、そうなっちゃう」という返事が返ってきました。なぜだかわからないけれど、パパに冷たい態度をとってしまう。自分でもわからない。ということらしいです。それって、今まで私の念がそうさせていたのかな、なんて思ったりしました。

それから、新たにわかったパパ嫌いの理由がもう一つ。「パパが太っているから。」でした。入学式や運動会、その他の行事で何度か同じクラスの子のパパを見たけど、うちのパパが一番太ってるのが嫌だ。という理由でした。そういえば、先日行われた参観日の後も、「パパ、わかったでしょ!他の子のパパは太ってないんだよ!!」と言っていたなあ・・・と思い出したのでした。 でも、そればっかりは、主人が自分から「痩せよう!」と思ってくれなくてはどうにもならないし、事実、私がここ10年、機会があるごとにずっと痩せるように言い聞かせているにも関わらず、「別にいいじゃん」で済まされてきたわけで、息子のパパ嫌いが長期戦に突入する気配が感じられ、ゾッとしたのでした。

息子のパパ嫌いが続いたとして一番怖いのは、「家族間のトラブル」ですよね。大人になった息子が、ついカッとなって主人を・・・・なんてことが起きたらなんて考え始めると、ほんと眠れなくなります。時間はかかると思いますが、息子の中の主人の存在価値がぐっとUPするように、私自身が身を持って行動で示して生きたいなと思います。今ならまだ間に合うと思うので。

話しは反れましたが、そんなことを考えている今日この頃です。




テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

病気騒動の、サイドストーリー
先週、何の前触れも無く病気(前庭神経炎)で倒れた主人も今週から無事に仕事復帰し、大事には至らないこともわかりホッとしているところです。(経過観察の検査通院はありますが)

そんな中、昨日、PTAのお仕事がまた一つ、無事に終わりました。なんだかんだいっても、一つ一つ着実に過ぎていくんですね。こういうのを「時間が解決する」っていうんだな、と今更ながら実感しています。残すところ、PTAのお仕事はあと一つ。その準備として土日の作業も含め、残り3回ほど学校へ行けば終了!! あと少し、あと少し♪ という感じでしょうか。いろんな行事や予定がなぜか今月に集中している感じで、今月の土日は、あまり休めていない状況ですが、それもこれも今月で終わってくれると思うと、許す!許しちゃいます。そんな気分です。PTAとしての最後の仕事は、楽しめるぐらいの余裕を持って終わらせたいなと思っています。残りも無事に終わりますように。

話は変わりますね。
先日、田舎に住んでいる友達Kちゃん(私を緘黙症状から救ってくれた友達です)から手紙が届きました。いつもなら簡単な近況報告と世間話的な内容だけなのですが、今回はびっくりすることが書かれていました。私のもう一人の学生時代からの友達Sちゃん(以前のブログにもちらっと出てきてます)が、今年に入って離婚したと書いてありました。ここ数年、Sちゃんとは年賀状だけの付き合いになっていましたので、そんなことはまったく知りませんでした。とはいえ、毎年、年賀状には家族全員で写った写真が使われていて、それは今年の年賀状も例外ではなくて・・・・それだけに、びっくりしました。あんなに仲良さそうな感じだったのに。

でも、ふと待てよ?と思い出しました。そういえば去年だったかな、突然ふらっとSちゃんから手紙が届き、旦那さんが子育てに協力してくれないだとか、夫として父親としての自覚が足りないみたいな愚痴をたくさん書いてたような。たぶん、その頃から我慢していて、結果、そういうことになったのかなと思ったのでした。Sちゃん、12年目の破局。同じ年に結婚した私としては、Sちゃんの離婚はとても衝撃的でした。

3人の子供達を連れて田舎の実家へと戻ったSちゃん。その心境を思うと、なんともやりきれない気持ちでいっぱいです。もし自分がSちゃんと同じ立場だとしたら・・・・かなりの決断と覚悟でのことなんだろうなと思います。私にはSちゃんを救ってやれるような術はありませんが、昔からの友人として、陰ながら応援してやりたいと思っています。

離婚・・・と聞いて思うことがあります。実はここで私の本音を言うと、ここ1年ぐらい、夫に対して嫌悪感のような感じがあって、それをなるべく表に出さないようにずっと努力していました。それは、夫がなかなか子供と積極的に触れ合おうとしないことへの不満だったり、年々太ってきているのに、ダイエットするように何度言っても聞く耳を持たないことへの不満だったり、それ以外にも多々・・・ほんとうに些細なことの積み重ねなんですが、それでも十数年積み重なれば、大きな不満へとなってしまうわけで、そういう内に隠していた私の気持ちは、知らず知らずのうちに夫への態度や言動へとちょこちょこ表れていたのでしょうか。そういう私の気持ちは夫にではなく、息子へと通じてしまったようです。息子の「パパ嫌い」が決定的になったのも、そういえばここ1年ぐらいかなと思います。

「パパは触るな!」「パパは来なくていい」「(夫と目が合うと)ギーーーー!!

こんな状態が今でも続いています。とはいえ、全く夫と息子が話をしないというわけではないのですが、上記のようなやり取りを目にするたび、息子に注意をしつつ、「早く自分の気持ちを切り替えなきゃ」「子供のパパへの気持ちを変えなくちゃ」とずっと思ってきました。息子と夫との心の距離がこれ以上離れないうちに、修復しなくてはと。そういう気持ちを持てたから、きっと私は、離婚せずにすんでいるのかなと思います。何がどんな風にきっかけになるかわかりませんよね。だからこそ、どんな夫婦にも離婚の可能性は絶対にあると思います。

私がこんな気持ちでいたとは、夫は全く気付いていないと思います。自分の知らないうちに家族に嫌われながら1年以上生活していたとは、まさか思ってもいなかったことでしょう。いつも疲れた、疲れたと言っていた夫。仕事で疲労し、家では気付かないうちに家族から嫌なオーラを浴びせられ、必要以上に心身共に疲労し、結果として今回、こんな病気を患ったのではないかと思います。夫が病気になったのは、私のせいなのだと思っています。

夫が病気で倒れた時、そこには夫のことを心の底から心配している自分がいました。嘔吐していて苦しいさなかに、「ゴン、ごめんよ」と自分より息子を心配していた夫。病院で点滴を打ちながら、「大変なことになってごめんな」と私を気遣っていた夫。今回の病気で夫の家族への思いを再確認することになったと共に、私にとって夫はやはりかけがえのない存在なんだということを再確認させられた気がしました。

そんな私の気持ちの変化を察したのでしょうか。救急車で運ばれた日の午後、病院から帰宅して寝ていた夫に、学校から帰ってきたばかりの息子がそっと近づいて夫の耳元で、「パパ、早く良くなってね」とささやいているのを見たとき、涙が出そうになりました。息子が夫に優しい言葉を掛けている姿を見られるとは・・・・。この出来事で、私の気持ちが息子に伝心していることを確信。私自身が心身ともに健全でいることが、結果、家族の健康や精神安定にも繋がっているんだなと思い知らされました。

息子の「パパ嫌い」は、夫の病気前に比べて軽減されているように感じます。私の気持ちも少しずつ変わってきているのかなと感じます。今月、我が家では12回目の結婚記念日を迎えます。そして結婚13年目に突入。この、今の気持ちを胸に、今後もたくさんの結婚記念日を迎えていければと思っています。

夫の今回の病気騒動にまつわる「裏話」でした。。。
長文なのに読んでくださった方、ありがとうございました。



テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

一難去ってまた一難・・・(2)
つづきです。

診察室へ戻った夫は、点滴室のベッドへと移され、点滴を受けたままベッドに横になりました。でも、そこでまた嘔吐したり。点滴はあまり効いていないようです。1時間ほどたったころでしょうか、検査の結果が出て、脳に出血は確認されず、血液検査でも異常は無かったことを知り、心底ホッとしました。「脳梗塞の疑いもまだ無いとは言い切れないのですが、おそらく耳の方(の異常)からくる症状ではないか」と言うことで、点滴が終わって容態が安定した頃に帰宅して、家の近所の耳鼻科で検査してくれとのこと。内心、(こんな容態でどうやって帰宅して、どうやって耳鼻科に連れて行けって言うの!?)と思いましたが、2本目の点滴が終了するころには、容態が回復していることを祈って承諾。 

午前5時ごろ、夫がトイレに行きたいと、ふらふらしながらトイレへ。ベッドへ戻ってきたとたん、またしても激しい嘔吐。でも、嘔吐しすぎて夫の胃の中は空っぽで、ようやく出てきたのは少量の胃液だけ。横になってじっとしていれば大丈夫なのですが、体を動かすと吐き気をもよおしてしまうらしいのです。家にいる時では、吐き気と嘔吐で横にすらなれない状態だったので、これでも多少は点滴が効いていると言うべきなのかも知れません。この状態では2本目の点滴が終了しても嘔吐が治まりそうに無いなと思ったので、看護士さんに、「できたら、このままこの病院の耳鼻科で検査してもらえないでしょうか?」と何度か依頼してみました。看護士さんも夫の容態があまり回復していないことはわかっていて、帰宅しろとは言いにくかったのでしょうか、本当は他の科での診察には予約が必要で、飛び込みでの診察はあまりできないらしいのですが、「では、救急扱いで話を通してみましょう」と言ってくれ、ありがたいことに、このままこの病院で耳鼻科と神経内科で検査を受けられることになったのでした。夫がいつまでも苦しそうにしているのを見かねたのか、点滴に眠くなる薬を入れられ、夫はやっと眠ることができたのでした。

夫が眠ったのを見て、私も少しホッとしました。けれど、いつまた嘔吐するかと心配で私は眠れず。点滴は3本目に突入。正直、2本目の点滴が終わる頃には容態も安定し、帰宅できるかと思っていたので、想像以上に夫の容態が悪いんだなと思うと、いたたまれない気持ちにもなりましたが、私は夫の眠るベッドの横でじっと見守ることしかできないのでした。とりあえず、このまま病院で耳鼻科と神経内科の検査をするということが確定したので、自宅で待機してくれている義母に電話して、まだまだ帰宅できそうにない旨と、息子を学校へ送り出してもらえるようにお願いしたのでした。実はこの電話をする時、私がこの約1年間ずっと愛用していた携帯ストラップの紐がプッツリと切れてしまい、ゾッとしたのでした。大丈夫。夫はきっと大丈夫。ふとよぎる縁起の悪い妄想を払拭すべく、何度も自分に言い聞かせたのでした。

朝7時が過ぎ、息子ももう起きているはずの時間に、また義母に電話してみました。目が覚めたらパパとママがいなくて、息子もさぞかしびっくりしただろうと思い、電話口に息子を出してもらいました。

ゴン「もしもし?」

「もしもし、おはよう。あのね、パパが急に病気になっちゃってね、今、病院にいるのね。」

「うん。」

「悪いけど、ばあばと学校に行ってくれる?」

「うん。」

「自分で学校行く準備はできるよね?」

「うん。」

「じゃあね、よろしくね。」

「うん。」

電話の向こう側で終始、「うん。」だけだった息子。でもその声から、息子の不安そうな気持ちが十分過ぎるほど伝わってきて、いたたまれない気持ちになりました。かといって、私は病院からまだ離れるわけにはいかず、息子にはここで踏ん張って耐えてもらうしかありません。息子の不安な気持ちに気付かない振りをして電話を切ったのでした。

8時半になり、夫は車椅子で耳鼻科の方へ移されました。まだ耳鼻科の先生が入らしてないという事で、耳鼻科のベッドで横にさせてもらうことに。その後、9時過ぎから耳鼻科で検査、検査、検査。いろんな検査と診察を受けた結果、先生いわく、「これは(神経)内科じゃないね。」と。先生の下した診断は、「前庭神経炎」でした。初めて聞く病名に???でしたが、後からネットで調べてみてやっと納得しました。どんな病気かは、こちら(←クリック)やこちら(←クリック)のHPでわかるかと思います。

簡単に説明すると、耳の中には聴覚を伝える神経と平衡感覚を伝える神経があるのですが、平衡感覚を伝える神経(前庭神経)だけが突然障害を受ける病気が、前庭神経炎なんだそうです。有名な人で言うと、これの聴覚を伝える神経の方に障害を受けたのが、歌手の浜崎あゆみさんですよね(突発性難聴)。夫の場合、平衡感覚の方でしたので、聴覚にはまったく障害はありません。ただ、ふらつきはもしかしたら残るかもしれませんが。とりあえず、命には別状無いこと、若い人ほど治りが早いということを知り、安堵しました。

そうそう、検査結果が出るまでには1時間ぐらいかかったのですが、その間に夫が「お腹が空いた」と言うほどにまで回復し、そういえば朝ごはんも食べてなかったと、病院の売店で軽く買って食べたのですが、夫はあんなに嘔吐した人とは思えないぐらいの食欲でむしゃむしゃとサンドイッチやらヨーグルトやらをたいらげていました。点滴もかなり効いたということでしょうか。その後、また追加で点滴を2本ほど入れたのですが、その頃には車椅子なしでふらつきながらも歩けるようにまで回復、先生には、「まだ検査がいくつか残っているので、ふらつきもあるし入院した方が良い」とは言われたのですが、夫の強い希望で入院はせず、翌日また朝一で点滴と検査をしに来るようにということで、やっと帰宅できることになりました。

病院の会計では、受付の方に、「救急でいらして、そのまま今までいたんですか!?」と聞かれ、「はい」と答えたのですが、そういえばと時計を見てみると、午後2時。なんだかんだいって救急車で病院に運ばれてきてから半日が経っていたようです。タクシーで帰宅すると、お留守番してくださった義母も一安心したからと家に帰り、どうやら息子の下校時間までには私も夫も家にいることができました。家に着くなりまた「腹減った」と夫。うどんを作ってやるとまた横になり睡眠。

そろそろ息子が家に帰ってくる頃だな・・・とベランダに出てみると、学校から帰ってくる息子の姿を確認することができました。「ゴン!!」とベランダから声を掛けると、きょろきょろしている息子。もう一度、「ゴン!!」と叫ぶと、やっと気付き、私が手を振ると満面の笑顔で手を振り返していました。下校してもパパとママがいないと思っていたらしく、帰宅後の息子は、大喜びでした。

夫の病気の完治には、長い目で見てまだ1ヶ月ほどかかりそうですが、今回の一件で、普段健康でいられることがどれほど幸せであるかということ、いつもの日常を過ごせることがどれだけ幸せなことであるかを改めて実感させられたのでした。夫は滅多なことでは体調不良を訴えないで、我慢してしまうタイプです。普段、あまり風邪を引いたり体調不良を訴えたりしないのをいいことに、夫がいつも健康でいてくれるような錯覚を起こしていた私にとっては、今回のことは良い薬になったように思います。ここのところ、学校の委員の仕事のことでいっぱいいっぱいになっていた私に、夫はかなり気を使ってくれていたのかもしれません。

この病気は、疲れやストレスや睡眠不足などが蓄積すると症状が悪化するのだとか。夫の気持ちや体が平穏に保たれ、ゆっくりと休めるよう、今後はもっともっと労わってやろうと思っています。夫の病気に比べたら、学校の委員の仕事なんて、なんて小さい悩みなんでしょう!!夫の通院はしばらく続くと思いますが、気力とパワーで今月を乗り切っていこうという気持ちがさらに倍増しました。 

最後に・・・皆様も健康には十分気をつけて下さいね。こんな病気もあるんです。なんらかの参考になればと長々とドキュメンタリー風に書かせてもらいました。




テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

一難去ってまた一難・・・(1)
前回の記事に書いたように、私がここ数日(いや、数ヶ月かな)一番気に病んでいた学校の委員の仕事が一段落し、少しは落ち着けるかなと思ったのですが、その考えはどうやら甘かったようです。

前回の記事を書いた日の夜、正確には12時を回っていましたので10月7日の深夜1時頃、それは突然やって来ました。いつもの習慣で、私と息子は先にお風呂に入って就寝していて、夫が一番最後にお風呂に入ってから就寝するのが常になっているのですが、この日はいつもと違っていました。

深夜、眠っていた私は、「ママ、ママ・・・」という夫の声で起こされました。飛び起きて夫を見ると、頭から全身に至るまで、冷や汗でびっしょりの夫の姿がありました。びっくりして「どうしたの!?」と言うと、「俺、なんか変なんだよ、さっきから嘔吐とめまいが止まんなくて・・・」と言いおわらないうちに、またトイレへ駆け込み嘔吐している夫。とりあえず、吐しゃ物を入れるためにバケツを用意したのですが、とにかく嘔吐がひどい。5、6分に1回は嘔吐している状態で、明らかに異常でした。「たぶん、脳梗塞とか脳出血だ思う・・・・」と夫。「ごめんな、ごめんな、ゴン、ごめんな・・・」と言いいながら嘔吐している夫に、「何弱気になってんの!しっかりしな!!」と私は叫んでいました。

夫が言うように脳梗塞や脳出血だったとしたら、言語障害や手足のしびれがあるはずだと私は認識していたのですが、幸いにもそういう症状はないようだったので、それではないだろうとは思ったのですが、今までに夫が経験したことのある片頭痛による嘔吐とは比べ物にならないぐらいの激しい吐き気と嘔吐の状態だったので、今までとは違うとは感じていました。とにかくめまいが強いらしく、歩くのが困難なほどだったので、このまま様子を見ていいものかどうかの判断が付かないので、健康保険証の裏面に書いてあった、24時間受付の健康相談とやらに電話して見ました。夫の状態を伝えると、「嘔吐が止まらないようであれば、病院へ行かれたほうがいいかと思います」との返答。

夫は、「吐くだけ吐いたら、だいぶ治まってきたよ。病院はいいよ」というのですが、そういった直後にまた嘔吐。とにかく、今やっている救急病院へ問い合わせてみようと考え、東京都医療機関案内サービス「ひまわり」に電話。たまたま紹介してもらった病院が、うちのすぐ近所の大きな病院だったので、今度はそこに電話。当番医の先生が、「それではすぐにいらして下さい」とのことだったので、病院へ連れて行くことにしました。

私が電話をやり取りしている間も、夫の吐き気と嘔吐は止まらず、あっという間に吐しゃ物はバケツの半分にも達していました。その場で動けずにいる夫をマンションの下まで移動させるのは無理と判断、救急車を呼ぶことに。119番に電話してすぐ、私は急いで着替えたり、夫にも寒くないように着替えさせ、保険証やらなにやらとバタバタと準備。消防署はうちの近所にあるので、電話して5分ほどで救急車が到着、救急隊員がストレッチャーを持ってきてくれたので、それに夫を乗せ、エレベータを降り、救急車へと搬入。私も救急車へと乗り込み、病院へ。夫は救急車の中で、何度も「あぁ、助かった・・・」とつぶやいていました。

病院もうちから比較的近所にあるため、5、6分で到着。事前に私が病院へ連絡していたこともあり、病院に到着後もスムーズに診察を受けることができました。診察室へ運ばれていく夫。「ご家族の方はこちらでお待ちください」と言われ、私だけ廊下の椅子に座って待たされることに。受付を済ませ、椅子に座って待っていて、ふと、こういうのってドラマの1シーンみたいだな・・・と思ったり。病院に夫を連れてきたことで、私自身もかなりほっとすることができました。

ふと我に返り、そうだ、電話しなきゃ!と思い立ち、病院の外に出て深夜2時に義母に電話しました。義母は夜型で、いつも深夜2時ごろまで起きているはずなので、起きてるかな・・・と思いつつ携帯に電話してみると、案の定、起きていてくれました。家に残してきた息子のことが気になっていたので、朝の6時ごろでかまわないので、うちのマンションに行ってもらえないかとお願いしたところ、「心配だから、これからすぐにタクシー拾って行くから!心配しないで、そっちはそっちで専念していなさい!」と。お言葉に甘えて、息子のことは義母にお願いすることにして、私は病院で専念することにしました。

15分ほど経って診察室から出てきた夫は、車椅子に乗せられ、点滴をされていました。「これから脳の様子を確認するため、CTを撮りますから」と言われ、私も一緒に移動。途中、「気持ち悪い・・・」と嘔吐しそうになる夫。車椅子を押してくれていた看護士さんが、「出そうですか?今ちょっと袋が無いんで、もう少し我慢してもらえますか?」なんて言ってるし。夫がいつ嘔吐してもいいようにと救急車に乗る時に家から持ってきた袋を私が持っていたので、すかさず、「これ(袋)あるから、ほら!」と夫に渡したのでした。症状で嘔吐があると言っているのに、気が利かない看護士さんだなとちょっとムッとする私。つくづく家から袋を持ってきていて良かった、と思ったのでした。

車椅子を押してくれた看護士さんは忙しいらしく、「CTで撮った画像を受け取ったら、車椅子を押してさっきの場所まで戻ってきていただけますか?」と言われ、夫を乗せた車椅子を押しながら病院内を歩いたのですが、実は初めて車椅子を押した私。あれって意外と難しいんですね。まだ開ききっていない自動ドアに突進しそうになったり、曲がる時に壁にぶつかりそうになったり。車椅子ひとつ押すにしても、見た目ではわからないコツがやり方があることを知り、もし夫に介助が必要になったら・・・と考えると、想像の付かない不安が一気に押し寄せてきたのでした。


つづく・・・




テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

やっとこの日が終わりました!
前回、前々回の記事でさんざん書いてきましたが、PTAの委員の仕事の中で、私が一番気に病んでいた予定が昨日、無事に(というか、なんとか終わりました!昨日の緊張の余波が今も結構残っていて、個人的に相当プレッシャーになっていたんだなってことを今になって実感しています。

前回の記事を書かせてもらった日の夜ぐらいからでしょうか、ストレスからか口内炎までできてしまい、ここ数日、口の中をヒリヒリさせながら生活していたのですが、おかげさまで今朝はあまり痛まなくなりました。緊張が解かれたからでしょうか、単純明快な私です

私が最も気に病んでいた委員の仕事、それは日曜日の学校校庭開放日の担当責任者の仕事だったのですが、息子は一年生ですし、私自身、それがどういうものなのか、どういう仕事なのかというのもよくわからない状態で、いきなり学校のセキュリティの鍵を預けられ、「責任者」としての役割を任されるというのは、ものすごくプレッシャーでした。しかもこの日、来月行われるPTA主催のスポーツ行事の練習日として4、5日前に決まってしまい、当日の校庭はいろんな人が入り乱れてすごい状態。私が事前に聞いていた校庭開放日の様子は、ほとんど人が来なくて閑散としているから、ボーっとしているだけで大丈夫だよみたいな話だったのですが、(なんで私が担当の日に限って、イレギュラーなことになるわけ~!?)と動揺を隠せない私。

どうしようかと思いつつ周りを見渡すと、息子と幼稚園から同じクラスで顔見知りだった先輩ママさんがいたので、話しかけ、いつもどんな感じで校庭開放が行われているのか聞いてみたり。やっぱり、わからないことは正直に聞いてみるのが一番ですね。偶然にもそのママさんは去年、私と同じ委員の仕事をやっていたとかで、「去年はこんな感じだったよ~」と教えてくれたのでした。ほんとにもう感謝!

そして、校庭開放の実施要綱みたいな紙を見ながらひとりで(これでいいのかな?)と思いつつ準備(看板やテーブルを出したりとか)をしていると、スポーツ行事の練習に参加しに来た息子の友達のママさんが2人やって来て、すごく積極的に手伝ってくれて・・・・すごく心強くて、ほんとにひれ伏して感謝したい気持ちでした。

そして、わからないながらも、校庭開放の当番で来てくださったママさんに、受付の仕方とか実施報告書を書いてもらうとか、もろもろ説明して、なんとか校庭開放実施にこぎつけたのでした。それが午前中の話。その後は、私自身も息子と2人、スポーツ行事の練習に参加することになっていたので、そのまま学校に残りつつ・・・午前中は終了。

一旦、帰宅して昼食。昼食が終わってすぐ、家のインターホンが鳴り響く。。。息子がさっき、友達と遊ぶ約束をしていたことを思い出し、すぐに公園へ。さっき校庭開放を手伝ってくれたママさん親子2組と共に合流して公園で遊んでる途中で、私は息子を公園へ残して学校へ。校庭開放の終了の時間で、戸締りをするためなんです。

学校へ到着すると、校庭開放の最終の当番のママさん達が私を見るなり、「片付けを手伝ってあげるから、言って、言って!」と優しい言葉を掛けてくださり、数人で片付けを手伝ってくれたので、あっという間に片付いてしまいました。私が「助かりました~!ありがとうございました!」というと、皆さんは、「お疲れ様でした~!!」と爽やかに解散して、終了となりました。

そのまま私も爽やかに帰宅するはずだったんですが、ここでまたイレギュラーなことが。校庭に落し物があったとかで、この日の責任者の私がそれを預かって、学校側に届けることになったのですが、今日に限って学校側の人間がその時間、誰もいないことが発覚。困ってしまい、委員のリーダーの方に相談しようと電話するも通じず、とりあえず、校庭の倉庫の中にぶち込む 帰る時には、倉庫と校庭にあるトイレに施錠、そして体育館の入り口にセキュリティの施錠をすることになっていたのですが、その時間、体育館を利用している一般のスポーツ団体の方がいて施錠できないし 

むむ、困ったことになったと思って考えてみたら、校庭開放を実施するにあたり、私がトイレや倉庫、体育館の扉を開錠する予定になっていたのですが、私が学校に到着した時点ですでにすべての開錠が済んでいたんですよね。ということは、私以外にも同じ鍵を持っている人間が学校のどこかにいるわけで、体育館は私が施錠しなくても、きっと誰かが施錠してくれるよね!と勝手に納得して、とりあえず、息子と息子のお友達親子が待つ公園へと戻ったのでした。

その時はそれで「私の仕事は終わった~!!」と思ったのですが、やっぱり後になって気になるんですよね。体育館のセキュリティの施錠が、私の帰宅後にきちんとされたのかどうかが。どうしても気になるので、夕方6時過ぎごろ、周りはもう真っ暗に近い状態でしたが、もう一度学校へ行ってみる事に。校門の門扉が閉まっていれば、体育館へは近寄れないので、それであきらめて納得しようと思っていたのですが、行ってみると、もう誰もいないはずなのに、なんと校門の門扉の鍵が開いてる え?マジですか?? これでもし体育館にセキュリティ施錠されていなくて、今夜に限って、もし不審者が侵入したとしたらそれって私の責任になってしまいますよね?これはやばい!と思って、ちょっと戸惑いましたが、門扉をそっと開けて学校の構内へ侵入!絶対防犯カメラに映ってるよ、私、と思いながらも急いで体育館の入り口へダッシュ!!暗がりの中、近づいてみると、しっかりセキュリティのランプが点灯していました~!!心底ホッとしながらも、急いで校門までダッシュ(笑)何事も無かったように、帰宅しました。

これでやっと私の責任は全うされて良かった~!!と思ったのですが、夜、布団に入ってからまた思い出す。やばい。倉庫の中の道具の在庫チェックしてなかった中途半端に責任感の強い私は、もうしばらく不定期な胃痛や腹痛が続きそうです

そんな感じで、私の昨日は過ぎ去って行ったのでした。私が相当不安そうな顔をしていたのかもしれませんが、周りの方が積極的に手伝ってくれて、本当に皆さんに感謝、感謝の一日でした。 最終的に遣り残した仕事が一つあって心残りですが、委員のリーダーの方は、息子が幼稚園の時に同じクラスだった女の子のママさんで顔見知りなので、後日、相談してみようかと思います。今月、また委員主催の行事があるので、1週間後にはまた顔をあわせる予定なので。。。

とりあえず、昨日という日が過ぎ去ってくれたのは、私の中でかなり肩の荷が下りた感じになっているのは確かです。いろんな人たちに助けられ、自分はまだまだ恵まれているなとすごく感じました。困ったとき、自分からも声を掛けて助けてもらったりと、現役の緘黙児だった小学・中学生の頃の私が見たら、きっと「すごい!自分!頑張ってるじゃない!」って言ってくれるんじゃないかな、っていう気もしています。

委員としての残りの行事は、あと二つ。学校へ行く仕事は、残り4回。今月さえ過ぎてしまえば、委員の仕事は終わったも同然なんです。(←以前の記事にも書いたような気がするフレーズですが)今週は、久しぶりに予定の無い1週間。気力・体力を復活させて、来たる残りの仕事に備えたいと思います。

ここまで長々と読んでくださった方、ありがとうございました




テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

タフな自分でありたい
はあ、はあ、はあ・・・・・・・とは言っても、変態ではありません(笑)私の息切れしてる声です前回の記事「こういう時こそ、自分らしく。」にいろいろ書かせてもらいましたが、現在、少しずつですが、ずっと懸念していた学校の行事やらPTAの委員活動やらが次々と押し寄せてきています。。。

先日の日曜日には、その第一弾(大袈裟ですが)でもある、学校の運動会がありました。曇り空で寒かったのですが、雨に降られることなく、無事に終了しました。義父母も観覧に来るというので、早起きしてみんなのお弁当を作ったのですが、義父母は自分たちの分のおにぎりを持参してきていて、それは事前に聞いていたのでいいのですが、私が作ったおかずには一口も手をつけず、「お腹がいっぱいだから」といってそれだけでお昼を済ませていました。

前からそうなのですが、私の作ったものはいつも一口も食べてもらえないんです。だから、今回のお弁当も私としてはこうなるのがわかっていたのですが、それでももしかしたら食べてもらえるかもと思い、あれこれ考えて作っていったものを、やはり今回も一口も食べてもらえなかったということで、わかっちゃいてもやはり気持ち的に落ち込むのは避けられないわけで。私が息子の運動会を心から待ち遠しく思えなかった理由が何を隠そうコレだったわけですが、とにかく、そのお弁当の時間が過ぎてからは、私はやっと運動会を楽しむことができました。

息子はというと、相変わらずのマイペースぶりで、彼なりに楽しんでいたようです。後で主人が撮った写真をみたら、かけっこで最下位なのに、ニタニタしながら走ってるし(笑)まるっきし、勝敗に興味のないご様子それはそれで息子の長所でもあり、短所でもあるんですけれどね。

後半になり、やっと運動会を楽しむことのできた私ですが、運動会の日だというのに突然、委員の仕事が舞い込む 今度、私が所属する委員主催の活動が学校で行われるのですが、その参加用紙をまだ出していない人がいるとかで、各クラスの分をそれぞれの委員が電話で緊急確認することになったんです。電話・・・・と聞くと、条件反射で体がびくっとする私。でも仕方がありません。やらなくては!

ということで、運動会が終わって帰宅後、普段仕事で働いているお母さん方も、運動会が終わったばかりの今なら家にいるだろうということで、覚悟を決めてすぐに電話を掛けまくる私。題して、「嫌なことは早く済ませてしまえ!作戦」ですね。私の今までの経験上、やらなければいけないことはすぐにやった方が心の負担が少なくて済むんですよね。時間が過ぎれば過ぎるほど、気に掛けてクヨクヨしたり悩む時間が増えるだけ。悩む暇がないぐらい、即行動に移すのが吉。そう心がけています。それで、息子のクラスのママさん9人に1時間ぐらいかかりつつ電話で連絡し、その結果報告を委員の担当の方に電話連絡し、ひと仕事終えたのでした。

名前も顔も一致しない、話したことのない人に電話をするって、私にとってはとても苦痛であり、精神的にもかなり負担でしたが、一気にやり遂げて心底ほっとしたのでした。それ以前に運動会の疲れもあるし、多少残っていた体力で夕飯を作る予定でしたが、委員の仕事の電話で全体力を使ってしまい、ダウン。夕飯は、主人にお願いして出来合いのものを買ってきてもらいました。情けない話ですが

そして今日は、都民の日で学校はお休みでしたが、10月下旬に行われる学校行事の準備のお手伝いで、学校へ。ほんの1時間ぐらいの時間でしたが、これまた名前も顔もわからない方と二人っきりでの仕事ということで、仕事自体は簡単なものでしたが、時折流れる沈黙の空気に気を使い、疲れました。

私が携わる学校行事と委員活動は、あと3回!!それに伴って、事前に学校へ行かなければならない日はあと6回あるのですが、無事に滞りなく過ぎ去ってくれ~~~!!そんな気持ちでいっぱいです。以前の記事にも書きましたが、あれからずっとお腹の調子が悪いんです、本当に
気が付けば私の体調が悪いのと同じように、息子の体調もここのところずっと良くなくて。9月は2回、高熱を出して合計4日も学校を欠席したし、今現在は、運動会の日の寒さで風邪をぶり返したらしく、鼻水を滝のごとく垂らしています。主人いわく、「お前の精神的に病んできてるのが、ゴンに移ってるんじゃないの?気を付けてくれよ~!」と。確かに、それは感じていましたが、主人もそう感じていたとは。息子は、私に似て、人の気持ちが移りやすいんですよね。言い換えれば、感受性が強いとでもいうのかな。良くも悪くも回りの影響を受けやすいタイプなので、結果、私の精神的ストレスの余波を息子が家にいる間中、全身に浴びているに違いありません。お風呂も布団も一緒だし。

精神的にも体力的にも、もっともっとタフになりたい!!それが私の今一番の願いです。そして、私自身が変わることで、息子もまた、タフになってくれればいいのですが。子を変えたいと思うなら、まず親自身が変わらなければならない、みたいなことを、どこかの本で読んだ気がします。子は、親から言われたことは聞かないが、親のすることは真似するんだそうです。口先ではなく、態度で示せ、ということなのでしょうか。

さて、この記事をどうやって収束させたらいいのやら・・・(笑)とにかく、もっと気持ちがタフになるようにモチベーションをあげて、今月を乗り切りたいと思います。そうだ、タフな自分を演じきるつもりでがんばりたいと思います。いろいろ書いたら少し気分が落ち着きました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました




テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

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