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2008/02
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Kちゃんがくれた奇跡
前回の記事、「Kちゃんが気になる」からの続きになります。

Kちゃんに「友達になろう」と言われ、Kちゃんが毎日話し掛けてくれるようになり、Kちゃんのことがとても気になりだした私。いつの間にか、Kちゃんのことを目で追うようになっていました。Kちゃんのことがすごく気になるのです。後からわかったことですが、これが友達を好きになるってことなんですね。

どこにいても気になる存在。一緒にいると嬉しくなる存在。
学校で初めて出来た、大好きな友達。


子供は学校へ通うのが普通なんだという思いだけで、淡々と登校していた日々。それが、(Kちゃんが待っているから学校に行こう)と思うようになりました。今日は何があるかな、何の話が聞けるかな、と思いながら登校するようになりました。学校という場所に対して”怒”、”哀”、”無”の感情しかなかった私に、”喜”と”楽”が新たに加わり、やっと人間らしい感情”喜怒哀楽”を学校で感じるようになったのでした。とはいえ、”喜”と”楽”はKちゃんと一緒の時限定の感情でしたので、”無”もかなりの割合で残ってはいましたが。

Kちゃんは、とにかく根が明るくて楽しい人でした。でもどちらかと言うと大人しい方になるのかな。クラスの中で大人しい部類でしたが、友達同士だとめちゃくちゃ明るくて、Kちゃんの周りでは常に笑いが絶えない、そんな感じでした。

そんなKちゃんは、私のことをいつも気に掛けてくれました。休み時間とか教室の移動なんかでも積極的に私のところへ来て、「一緒に行こう」と声を掛けては、遠慮がちで優柔不断な態度をとっている私の手を引いて、どんどん歩いていく、そんな感じだったかな。

でもね、そういうKちゃんの態度もとても嬉しかったのを覚えています。私のあらゆる行動はほとんどが受身だったけれど、Kちゃんは友達の中の誰よりも私と一緒にいてくれました。Kちゃんのおかげで、(自分が誰かに必要とされている)という思いさえ感じ、カチンコチンだった感情の氷が毎日少しずつ溶け出してきている、そんな気がしました。

そんな学校生活が続いて、3~4ヶ月ぐらい経った頃だったと思います。Kちゃんが私に「ごめんね」と謝ってきたことがありました。どうやら、Kちゃんの私に対する行動を遠くでじっと見ていたKちゃんのお友達が、ある日、Kちゃんに言ってきたらしいのです。「いつもるいさんのこと引っ張りまわして、るいさんに悪いなって思わないの?」と。周りのお友達から見れば、Kちゃんの強引な誘いを断れずにいる私が、Kちゃんに無理矢理引っ張られて連れ回されている、そんな風に見えていたようなのです。

「言われて考えてみたら、いつも私が勝手に引っ張りまわしてるだけなのかもって思って。今までごめんね。」とKちゃん。突然の謝罪に、私は今までの楽しい時間が今日で終わってしまうのかとドキドキしたのですが、慌てて首を横に振って「大丈夫だよ」という意思表示をしました。「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉に、私は大きく首を縦に振り、頷いたのでした。

私の始終、受身の態度がKちゃんの友達に大きな誤解を招いていたことは、私にとっては思いも寄らないことでした。私自身はKちゃんと行動できることを純粋に喜んで楽しんでいたし、Kちゃんもまた毎日私と接していたことで、私のそういう気持ちを自然に理解してくれていて、その上での行動だったと思うし、Kちゃんと私の間では成立していたことが、第3者から見れば全く逆に映って見えていたことは、正直驚きました。

でも、このことでわかったことが一つ。それは、「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉から、Kちゃんが義理ではなく、本当に友達として私を慕ってくれていたという事実。先生に頼まれたから私に近づき、しょうがなく友達になったんじゃないかという疑惑がずっと心のどこかに引っかかっていたものですから、Kちゃんのその言葉で、私はまた一つ、Kちゃんに対する警戒心を解くことが出来たのでした。

「また一緒にいてもいい?」というKちゃんの言葉から、Kちゃんに対してどんどん心を開き始めた私。次第にKちゃんと2人きりなら首振りに加え、ポツリポツリと言葉でのやりとりをするようになっていました。細かいニュアンスや気持ちを相手に伝えたい時、どうしても言葉での表現が必要になるんですよね。最初は、単語だけだった会話も、数日の間に次第に長い言葉になってきて、気が付けばKちゃんの前でなら家にいる時みたいに普通に話せるようになっていました。長年の癖でついつい首振りが出る時もありましたが、それは私にとっては奇跡でもあり、とても楽しいことでした。友達と会話ができるって、なんて楽しいんだろう!Kちゃんとのたわいも無いやり取りでしたが、私は心の底からKちゃんとの会話を楽しんでいました。

この頃、Kちゃんを通じて、Kちゃんの他の友達数名と一緒に休み時間を過ごすこともありました。私はKちゃんにしか心を許していなかったので、他の友達と一緒の時は、首振りでのやり取りしかできませんでした。なので、私のいない時にKちゃんが他の友達から、「なんでるいさんはKちゃんとしか話さないの?」と聞かれたこともあったようです。(後からKちゃんが教えてくれました)

まだまだ場面緘黙症の症状は残しつつも、友達が出来、会話が出来るようになった私。それは私の今後の人生において、とても重要な意味を持つことだったと思います。Kちゃんとの出会いがなければ、今の私が存在しなかったのは明らかで、私にとって中学2年生という時期は決して忘れることのない、とても大事な節目の時だったと感じています。

続きの記事は、また後日UPさせていただきます



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

時間・じかん・ジカン
先日、朋花さんのブログの記事を読んでいて気付いたのですが、そういえば、ゴンも時間の呪縛に囚われているところがあるなと、気付かされました。

それは主に忙しい朝のことなんですが、幼稚園へ出かける準備をしなくちゃいけないというのに、なかなか行動してくれないんですよね。私自身も息子を幼稚園まで送迎しなくてはならない関係上、息子と同時進行で出かける準備をしているのですが、とにかくこちらが急かさなければ次の行動に移らない状態。

「歯磨きは?」「トイレは?」「着替えは?」とあちこちで叫びつつ、息子の行動を促しています。息子の気配が消えた!?と思ったら、隠れて本を読んでいたり。また息子が消えた!?と思ったら、また布団にもぐりこんでいたり。

「そんな時間がどこにあるのーーーーーー!」

と半ば呆れるのですが、出かける時間まであと10分ぐらいというところになると、息子の態度が豹変。

「ママ!遅刻してる?ねえ、遅刻してる??」を連呼。

「このままじゃ完全に遅刻だね」なんて言うと、「ええ~!?やだやだやだ!!」と言うならまだいいのですが、「もう、幼稚園行かない!」と言う時もあるから困りもの。少しずつ時計の見方の勉強もしているのですが、さっぱり理解していないらしくて、私の「時計を見れば、遅刻してるかどうかわかるでしょ!」の言葉に、「わかんないよお~!」と顔をな感じにして騒ぎます。

自分で時間の感覚がわからないということもあるのでしょうが、のんびりしている時と慌しくしている時のギャップが激しくて、見ていて呆れてしまいます。いよいよ出かける時間だという時になって慌てて支度を始めても間に合わないのは明らかなんだし、だったら少しずつでもゆっくりでも継続的に行動していればいいのに。というのは、大人になった今だから言えることなんでしょうね。

時計が読めるようになったら、少しは時間を上手に使えるようになるのかな。なんて思っていますが、どうなんでしょうね。時計を読めない息子は、「ママが怒ってないからまだ遅刻してないよね」と、私の顔色で時間を判断しています。時計を見るようになるのは、いつのことやら(笑)

4月からは小学1年生になる息子。幼稚園児とは生活のリズムが違います。
今より1時間早く起きなければなりません。
今より1時間早く家を出なければなりません。
決まった時間に授業があり、休み時間のうちにトイレに行っておくとか、給食の時間も決まっていたり、今まで以上に時間を意識する必要があるんですよね。大丈夫かなあ、息子よ

一度、本当に遅刻してみればいいいじゃないか、というご意見もあるかと思いますが、そういうショック療法的なやり方で「よし、今度こそ遅刻しないぞ!」と思える子ならいいのですが、「もう学校(幼稚園)なんてやだ。二度と行かない」と思う子もいるわけで、息子の場合、明らかに後者なんですよね。繊細な息子なので、ストレートに叱らずに、なんとか行動を促してやる方向で対策を検討中です。

小学校入学にあたり、親も子も不安はいっぱい。時間に関する心配もありますが、親なしで登校・下校をしなければならないし(下校は集団下校のようですが)、給食も始まります。偏食大王の息子にとっては、授業より一大事かもしれません。同じ幼稚園から同じ小学校へ入学する子が10名ほどいるので、全く知らない子に囲まれるわけではないので、それだけが多少の救いではあるのですが。

新しい環境のスタートを目前にして、期待より不安が大きいのは、やはり親子でネガティブ思考なのだということを実感させられますね。なんだか、話がずれてしまいましたが・・・とにかく、朋花 さんのブログ記事でいろいろと考えさせられました。

ちなみに今読んでる本があるんですが、息子の改善にとても役に立ちそうな感じで、皆さんにもおすすめしたいので、この場でご紹介しておきますね。

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親野 智可等さんの本は数冊しか読んでないのですが、いろいろ刺激を受けてる感じです。息子への改善対策、実行に移しましたら、中間・結果報告とかしていきますね。



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テーマ : 繊細な子の育児
ジャンル : 育児

Kちゃんが気になる
前回の記事「Kちゃんとの出会い」の続きになります。

中学2年生に進級したある日、突然私に「友達になろう」と言ってくれたKちゃん。その場では首を立て振りしてOKした私でしたが、その言葉が真実なのかどうか正直疑問でもありました。

単なる気まぐれでそう言ってみただけかもしれない。たとえ数日、一緒にいてくれたとしてもすぐに離れていくんでしょ。今までの人達がそうだったように。

「友達になろう」と言われて嬉しかった反面、そんな風に考えていたのも事実です。同級生の子に慕われた経験がほとんど無かったので、私の同級生に対する信頼というか親しみというか、そういったものがゼロに等しかったのだと思います。学校での行動が全て受身の生活だったこともあり、自分からアクションを起こすことがまずありませんでしたので、周りの子が私に近づこうとしないのも、私と関わりを持とうとしないのも、他ならない私自身の一連の態度がそういう状況を作り出していたからだと、大人になった今でこそ認識できるのですが、緘黙症の現役当時は、(自分は悪いことをしていない)という意識が常にあったものですから、自分より周囲の方を否定する傾向があったように思います。

さて、単なる気まぐれではないか?と私に思われていたKちゃんですが、「友達になろう」と言ってくれた日から、何かにつけちょこちょこと私のところに来ては声を掛けてくれるようになりました。教室の移動の時とかも「一緒に行こう」と誘ってくれたり、休み時間にも一緒にいてくれたり。Kちゃんはおしゃべりが大好きな子で、ちょっと早口なところがあったのだけど、すごくかわいらしい高い声質だったんですよね。なので、話し声を聞いているとまるで鳥のさえずりのように聞こえる時がありました。根が明るい子で、同じ小学校出身の子を中心に友達も数人いました。友達がいっぱいいるにも関わらず、私に声を掛けてくれたんですよね。

私とKちゃんは別の小学校出身だったものですから、Kちゃんの友達と私との面識は全くありませんでした。なので、Kちゃんが私と一緒にいる時は、Kちゃんの友達は遠巻きに別行動っていう感じ。Kちゃんが私といる時はいつも2人きりになっていました。私的には、休み時間に誰かと一緒にいられるっていうことは初めての経験で、とても新鮮で、楽しい時間だったのですが、今思えば、その間、Kちゃんが今までの友達と一緒にいる時間が減るわけですから、大変な犠牲を払ってまで私のそばにいてくれたんですよね。当時は、気持ちに余裕が無くて全くそういう考えさえ浮かびませんでしたが、そう思うと、本当に頭の下がる思いです。

Kちゃんと2人きりの時は、どんな会話をしていたのか思い出せません。
たぶん、緊張していたんだと思います。いずれにしても、Kちゃんから一方的に話し掛けられて、それに対して首振りで反応していたような気はします。声は出せないけれど、ニッコリと笑うぐらいはできたので、首を振ったり笑顔を見せたりそんな感じでのコミュニケーションだったように思います。まともな会話にならない私に話し掛けてもKちゃんはおもしろくなかっただろうにと思うのですが、小学校が違っていたこともあり、私のような人間に遭遇したことが初めてで、緘黙児をとても珍しく感じていたのかもしれませんね。最初はKちゃんの興味本位もかなりあったのではないかと思います。

けれども、Kちゃんが他の同級生と違っていたところは、そんな私に対する興味が全く衰えなかったことでしょう。本当に、毎日毎日、私に声を掛けてきてくれたのです。登校すれば「おはよう!」から始まり、ちょっと時間があれば私の席のところまでやって来てくれて、一言二言でも話し掛けてくれるんです。

最初はKちゃんに対して警戒していた私でしたが、毎日接してくれるKちゃんにいつの間にか親しみを感じはじめていました。今まで同級生に無関心だった私が、Kちゃんのことが気になりだしたのです。Kちゃんが私のところにいる時はもちろん、Kちゃんが私以外の友達と会話したり、笑ったり、その他の態度や一連の行動、ちらちらとKちゃんのことが目に留まるようになりました。

Kちゃんの私に対する態度は、明らかに他の同級生たちとは違っていました。
私はKちゃんに、「何で話さないの?」「話してみて!」と言われたことがありません。もちろん、変人を見るような眼で見られたこともありません。Kちゃんは初めて私と出会った日からずっと、他の友達と接する時と変わらない態度で私にも接してくれました。私には、それが何より一番嬉しいことでした。

「特別視されない」ということ。

それは、場面緘黙児である私自身が一番望んでいたことだったように思います。
Kちゃんの誰に対しても変わらない態度が、(私も同級生と同じ存在なんだ)ということを認識させてくれ、そして何より、私自身が場面緘黙児であることを少しずつ忘れさせてくれる第一歩となったのでした。


続きの記事は後日UPしますね



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

Kちゃんとの出会い
こんにちは。なんだか更新が遅れ気味ですみません。ここのところ、ずっと過去の記事を読み返してきました。「保育園時代」「小学校時代」に続き、今回は、「中学校時代」の過去記事を読み返しました。

自分でも驚いたのですが、ブログにUPした記事の中で、すでに忘れかけていた体験談もいくつかあったりして、私が歳をとっただけなのか、はたまた記事にしたという安堵感から無意識に記憶から消去してしまったのかは不明ですが、とにかく、忘れてしまわないうちに記事にすることができて良かった!と率直に思いました。

今ふと思ったのですが、忘れかけている体験談があるということは、以前の嫌な体験を思い起こさせるような出来事がここ数年間起きていない、ということなのかもしれませんよね。それってもしかして、いろいろあったけれど、結果オーライ!っていう感じなのかな。少しずつでも以前よりいろんなところが改善されつつあるのかなと珍しくポジティブに考えてみました。(完全に、自己満足ですが(笑))


・・・ということで、ここまでが前置き(?)になります。中学校時代において、決して忘れられない大事な出会いが会ったことをまだ記事にしていなかったので、これから少しずつ書いていきたいと思います。

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それは、中学1年の後半でのことだったと思います。
中学校では、毎週月曜日に全校朝会があり、週に一度、全校生徒が体育館に集合する機会がありました。クラスごとに列になって並ぶわけですが、いつの間にか同じ1年生の隣のクラスに目がいくようになりました。

私と同じように背が一番高くて、一番後ろに並んでいる女の子。いつからか、なんとなくその子のことを朝礼のたびにチェックするようになってました。(今日も学校に来てるな)って、朝礼の日に自分の中で思うだけなのですが。ただ、”自分と同じように背が高い子がいる”っていうだけで、ホッとしていたのもあるのかな。長身であることは、自分の中でかなりのコンプレックスでしたので、おそらく私と同じような思いをしてきているだろうその子に、勝手に親近感を抱いていたのでした。

そして時は流れ、中学2年に進級する際、クラス替えがありました。場面緘黙だった私には友達がいるはずもなかったので、クラス替えなんて正直どうでもいいことでした。クラスがどう入れ替わろうとも、私は1年生の時と同じようにただ時間が過ぎるのを待っているだけ。当然、中2のクラスも黙々と過ごすことになると思っていました。

ところが中2になって数日たったある日、私は思いがけず、同じクラスの一人の女の子に声を掛けられました。「ねえ、友達になろう?」今でも、あの言葉は奇跡だったのではないかと思います。無表情でほとんど動かない、こんな私に声を掛けてくれる人がいるなんて!それはあまりにも突然の出来事だったので、私はかなりびっくりしたのですが、断る理由も特に見当たらず、首を立てに振って「OK」したのでした。以前記事にもしたのですが、中1の時に「友達になりたい」と言ってくれた子の時は、気持ちがこもっていないのが明らかで、全く私の心に響かなかったのですが、今回はその時とは違う、なんか優しさを感じたんですね。それを言葉に表すのはとても難しいのですが、その子の優しさが「友達になろう?」という短い言葉に凝縮されていたように思います。

その子と友達になってから気付いたのですが、その子こそ私が朝礼でチェックしていた女の子だったのです。いつも横顔しか見ていなかったので、正面から見た顔を知らなかったんですよね。横顔を見て気付いた時には、ほんとに驚きました。その子もまた、私のことを朝礼の時に見て覚えていてくれたのかな?とにかく、私にとってはその子と同じクラスになれたこと、そして友達になれたことにはとても運命的なものを感じたのでした。

その子のことは、今後はKちゃんと呼ぶことにしますね。Kちゃんとは、いろんな思い出があります。そして、本当に感謝しています。後日、記事をUPしたいと思いますが、今日はここまで!




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ジャンル : 心と身体

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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に通学中。

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