*All archives* |  *Admin*

2006/02
<<  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28  >>
お誕生日会でのこと
私が保育園時代の出来事です。

保育園では、毎月「お誕生日会」という会がありました。その月が誕生月の園児を対象として、その子供達の保護者も招いてのお誕生日会を開催してくれるという、園児にしては一大イベントです。例に漏れず、私もお祝いされる時が来ました。お祝いされる園児はステージに上がり、並べられたイスにちょこんと座り、見せしめの刑となります(笑)

どういう進行でどうなって終わったのかは記憶にありませんが、1人ずつ「大きくなったら何になりたいですか?」という質問をされる場面があったのは覚えています。順に答えていって・・・いよいよ私の番。

先生 「るいちゃんは、大きくなったら何になりたいですか?」

私  「・・・・・」

先生 「さあ、何になりたいのかな?」

私  「・・・・・」

こんな状態がちょっと続いた後、最後は先生が勝手に、

「るいちゃんは、保育園の先生になりたいそうで~す♪」

と言ってのけました。会を進行しなければならない先生の立場からすれば、それは仕方のない苦肉の策だったのでしょう。その時私は、ステージの上からじっと母親の顔を見ていたような気がします。そして私の番が終わり、隣の園児の言葉を聞きながら、「私は保育園の先生になりたいのか。」と思ったりしていました。なぜ先生にマイクを向けられた時、何も話さなかったのか未だによくわからりません。おそらく、すでに場面緘黙を発症していたのだとは思います。

私自身はそんなに悪気はなかったのだけれど、家に帰って母親が、「るいは何も言わなかったねえ。」と話してるのを聞いて、自分はとても悪いことをしたのだ、という気持ちになり胸が痛くなったのを覚えています。あの時、私は話さなかったのか、話せなかったのか?この症状は、のちのちまで後を引くこととなりました。

楽しいはずのお誕生会。私にとっては全く楽しいものではありませんでした。

話はちょっと反れますが、この日以降、私は誰かに「将来の夢は?」と聞かれると、「保育園の先生」と答えるようになっていました。だって、そういう風に答えさえすれば、「何か言いなさいオーラ」から開放されるんだもの。子供ながらにその場しのぎの手段を既に会得していたのでした。



☆ブログランキングに参加しています。 ポチッと応援よろしくお願いします。


テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

「遊んであげて」
私が保育園時代の出来事です。

保育園での自由時間でのこと。園児達は思い思いに走り回ったり、すべり台で遊んだり、絵を描いたり・・・と笑顔が途絶えない中、私はいつも保育園の室内の、出入り口に近い壁に両手を後ろに組んで立ったまま寄りかかっていました。

誰にそうしろ、と言われたわけではありません。誰かに話しかけるでもなく、話しかけられるわけでもなく、ただそこにいてみんなの様子を見ている。いつもそんな感じでした。

ある日、いつものように壁に寄りかかっていると、同じ組の仲良し男の子2人組が私の前にやって来ました。そして何も言わずに突然私の手を引き、外へ連れだし、大勢で乗れる横乗りのブランコ(正式名称はわからないのだけど)の真ん中に私を乗せ、両脇にそれぞれ男の子が立ち乗りしをし、一生懸命にブランコを漕いでくれたのでした。でもそれはほんの少しの時間で、男の子達はその後、急に何事もなかったようにさあ~っとどこかへ遊びに行ってしまいました。

後で考えてみたら、男の子達が私のところへ近づいて来る前に、先生が男の子2人になにか話していたのを思い出しました。

「るいちゃんと遊んであげて。」

先生は、そう2人に話していたに違いありません。子供ながらに私はそういうことにはとても敏感でした。

私は、遊んでもらったんだ。

男の子達がどこかへ行ってしまい、また1人でいつもの場所へ戻っていく。あの時の漠然としたむなしい気持ちが今でも記憶の片隅に残っています。男の子達は先生に言われたから仕方なく私と遊んでくれたわけですが、ああいう気持ちの伴わない行動っていうのかな、ああいう形だけの行動って、全く持って相手の心に響かないものですね。楽しいとか嬉しいだとか、ちっとも思いませんでした。「なんだったんだ、今のは?」・・・それだけ。

義理で相手をされるぐらいなら、いつものように無視してくれた方がいいのにって思ったのでした。遊んでもらうより、いつものパターンを崩されることの方が嫌だったのかもしれません。



☆ブログランキングに参加しています。 ポチッと応援よろしくお願いします。


テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

復帰!
今日から「緘黙らしく、自分らしく」を復帰します!
仕事のピークは越えたのですが、3月、4月と幾つか予定があり、
それに向けての準備などもあり、復帰が遅れてしまいました。
正直、ブログ2つとHP1つ管理してるのも忙しい要因かも(^_^;)

今年に入って子供が昼寝しなくなったこともあり、
パソコンに向かえる時間が去年の半分以下と激減してしまったのですが、
今日からまたぼちぼちと更新作業を行いますね。
コメントを頂いた場合、お返事が遅れるかもしれませんがお許し下さい。

今後もどうぞよろしくお願いします。


☆ブログランキングに参加しています。 ポチッと応援よろしくお願いします。


訪問ありがとうございます☆
online☆
現在の閲覧者数:
最新の記事☆
最近のコメント☆
  • 04/14:るい

  • 04/10:るい

  • 04/09:小林 一弘

  • 04/09:るい

  • 04/07:小林 一弘

ブログ・ランキング☆
いつもありがとうございます♪





プロフィール☆

るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

☆来訪された皆様へ☆
当ブログはリンクフリーです。報告していただけると大変喜びます。★家族に内緒で開設しているため、家族が家にいる日は基本的に記事更新・コメントへの返信がほとんど出来ませんのでご理解ください。★当ブログ内の文章・画像などは無断で使用されないようお願いします。★宣伝やネットマナーに反するもの、私の嫌いな言葉遣いのコメントは管理人の権限で予告なく削除となりますのでご理解ください。
カテゴリー☆
緘黙仲間&お友達☆
月別アーカイブ☆
ブログ内検索できます☆
amazon