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2017/06
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高校の恩師との思い出
こんにちは。今回は、いつもと違う雰囲気の記事を書こうと思います。

実は先日、びっくりしたことがありました。久しぶりに高校の恩師の顔を見ました。約25年ぶりです。私が高校の3年間、担任としてお世話になった男の先生。私の田舎のホームページ内にある広報誌を月に1回見るのが習慣になっていて、先日ふと思い出して今月の広報誌を見てみたんですね。そうしたら、4月に新しく赴任してきた小・中学校、高校の校長先生が紹介されていて。高校の校長先生、見たことある名前だな?と顔を見たら、顔にも見覚えが!!原田(仮名)先生だ~w(゚o゚)w!!

ハゲてるし、当時はなかったメガネも掛けていましたが、目元、口元、全体的に面影があって、すり足のような先生の独特な歩き方だとか一気にブワ~っと思い出されました。 「●●高校に20数年ぶりの勤務」とのコメントがあり、当時は主任だったけど、校長になって戻ってきたんだ、ずっと教師を続けてたんだ、凄いな~とその貫禄のでたハゲ頭(笑)の顔写真を眺めてしまいました。原田先生との思い出はほとんど覚えていないのだけれど、良い先生だったという記憶?感覚?は残っています。

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テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

好きな人、いる?
前回書いた体験記事「Kちゃんから贈られた、新たな出会い」からの続きになります。

高校へ進学したのをきっかけに、急激に親しくなった私とSちゃん。
SちゃんはKちゃんとはまた違った意味で、天然な感じで明るい子でした。でも、小学生の頃はどちらかというと暗い感じの子だったという話をKちゃんから聞いた時にはびっくりしたものです。とてもそんな風には見えないくらい、明るくておしゃべりな子だったから。

何かがきっかけになり、自分の殻を破ったんでしょう。私にとってはそんなSちゃんがとても羨ましい感じもあったかな。Kちゃんとは純粋に「友達」という感じでしたが、Sちゃんとはどちらかというと「ライバル」的な感覚があったような気がします。

なにはともあれ、学校にいる時は、とにかくSちゃんといっしょに行動していましたね。Sちゃんの方も、当然のように私と一緒にいてくれ、決して強制したわけではなかったのですが、お互い慕っていた感じですね。中学の後半、Kちゃんと過ごせたことで、学校で多少は笑ったり話したりすることに慣れていたおかげで、高校生活のスタートは今までの学校生活の中で一番気を楽にして過ごせたように思います。ある程度、困った時の対処法なども心得ていたこともあるし、単語を繋ぎ合わせたような会話でも、自分で話すことで解決することもできるようになったし、比較的楽しく過ごせたかなと思います。とはいえ、自分で行動を制御してしまうことも多々ありましたが。

Sちゃんは積極的な子だったので、好きな先輩ができたといっては騒ぎ、手紙を渡したとか、バレンタインデーにチョコを渡すだとか、そういう話もたびたびあって、相談されたりだとか、話を聞かされたりもしましたね。いずれにしても、人と話をすること自体が難しい私にとっては、誰かを好きになるとだとか告白するだとかそういう話は全く縁のないものであって、自分とは一生無関係の話だと思っていました。だから、アドバイスらしいことも特にできなかったし、Sちゃん的には他の友達にも恋愛の相談をしていたようです。まあ、それが私に相談するより懸命だったと思います(笑)

そういうSちゃんでしたので、こういう質問をされたことがありました。

「るいさんは、誰か好きな人とかいる?」

正直、誰かを好きになる感覚がよくわからないまま生きていたので、好きな人と聞かれてもとは思ったのですが、好きな人が一人もいないというのもなんか寂しいなと思い(笑)、誰か過去に気になった人がいたかな・・・・?と思い返したところ、1人の男の子の顔が浮かびました。

あれは、私が小学5年生の頃のこと。学校で縦割り班(1つの班を1~6年生数人で構成するやつですね)で掃除をするのですが、その時の私がいた班の班長だった6年生の男の子。ある教室の掃除をしていた時に、机の上に置いてあった誰かが着替えたジャージのズボンのお尻のところが膨らんでいたのが気になったので、手でポン!と潰したんですね。その時に、「なにやってんの~」と笑いながら班長だった男の子が声を掛けてくれたのを思い出しました。その時、男の子が私に話し掛けてくれたことで楽しい気持ちになり、すごく嬉しかったのを覚えています。

そういえば、それ以来、なんとなくその男の子のことを気にかけていることを思い出し、とりあえず、Sちゃんにはその男の子が私の好きな人だということにすることにしたのでした。当時私にとっては異性よりも友達がいるかいないかの方が重要でしたので、本当にその男の子のことが好きだったのかは不明ですが、Sちゃんの質問に対しての答えとして、「自分の好きな子」として意識させられたことで、逆にそれ以降がその男の子のことを意識した感じがありましたね。

その男の子は同じ高校に進学していましたので、たまに学校で見かけたりしましたが、小学生当時からの爽やかな感じの印象が変わらないままだったので、タイプかどうかは自分でも解からないけれど、嫌いではなかったように思います。

数ヵ月後、私と同じ部活の後輩だった女の子と付き合ってるという噂を耳にし、なーんだ、と思った記憶があります。その子と付き合う気は毛頭無かったのですが、相手の女の子がちゃらちゃら系だったので、そういう趣味か、と思い、なんかがっかりでしたね。
そんなこともあり、その男の子を意識していたのはほんのわずかな期間でしたが、今思えばそれが私にとって初めての恋愛感情だったのかもしれません。
「その人のことが気になる」っていう感覚が、人を好きになる始まりなんだろうなと今では思うので。


そうそう、話は戻ります。
ということで、Sちゃんの、「るいさんは、誰か好きな人とかいる?」という質問に対し、私はその男の子のことをイメージしながら話をしたのでした。おそらく、私に好きな子がいるという話になるとは思っていなかったのでしょう。Sちゃんは「なんかこっちが照れるからもういい」と顔を真っ赤にしながら質問をやめたのでした。


今回は、なんかこういう話しを書くつもりは無かったのですが、急に思い出したので書かせてもらいました。そうそう、こんなこともあったなと思いながら(笑)
今日はもう、長文になってしまったので、続きは次回にしますね。



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

Kちゃんから贈られた、新たな出会い
以前書いた記事『Kちゃんと過ごした中学時代』の続きになります。

Kちゃんと友達になってからというもの、私の中学校生活は一気に良い方向へと変わっていきました。気を許せる友達がいるだけで、学校というものがこんなに楽しい場になろうとは想像すらしていませんでした。

ずっと続くと思っていたKちゃんとの学校生活ですが、中学卒業と同時に、それは途絶えてしまいました。Kちゃんは、家庭の都合で高校へは進学しなかったのです。私は高校へ進学することになっていましたので、Kちゃんと過ごせた楽しい時間は1年ちょっとしかなかったのですが、私にとっては何十年にも相当するような充実した時間でした。おそらく、皆さんが何年か掛かってするであろういろんな経験を一気にしてしまった、そんな感じです。

春になり、私は地元の高校へ進学。Kちゃんは、某会社へ就職しました。地元の会社だったので、会おうと思えば会えたんでしょうけど、頻繁に会ったり遊んだりした記憶は無いですね。私の感じた感覚ですが、Kちゃんの方に、みんなと同じように進学できなかったという劣等感があったようで、私以外の友達ともあまり会ったりはしていなかったようです。

私は私で、高校という新しい環境に慣れるために四苦八苦していましたので、正直な話、Kちゃんのことを気に掛ける余裕が無かったように思います。たまに手紙や電話をしたんだっけ?なぜかあまりその辺の記憶がありません。

さて、高校生活ですが、地元の高校でしたので、同じ中学から進学した子が大半、地元の他の中学から進学した子が3分の1ぐらいという感じでした。知ってる顔がほとんどなので、環境が変わったのでこれを機に自分を変えよう!などとは思いませんでした。人間関係はもう出来上がっているのと同じでしたし。

とはいえ、Kちゃんのいない学校生活はどうなるのだろう?と思っていた私に、新たに心を許せる友達ができるとは思ってもいないことでした。その子は、私と同じ中学だったSちゃん。Sちゃんは、Kちゃんと小学・中学と一緒で、Kちゃんと友達だった子です。中学の頃には私と同じクラスでしたので、もちろんSちゃんの事は知っていましたが、お互いに直接遊んだとか会話したとかはほとんど皆無に近い状態だったんですね。

Sちゃんとの唯一の中学の思い出といえば、どういう成り行きだったかは覚えていないのですが、Kちゃんが私とSちゃんに、「この紙に2人で絵を書いてちょうだい」と言って、その場を立ち去ってしまったんですね。ということで、机の上に置かれた紙を前に、Sちゃんと二人きりになってしまった私。慣れない人の前で絵を書くという行動を起こすには、当時の私にとってはかなりの勇気が必要だったらしく、シャーペンを持ったまま固まっている私。Sちゃんもどう対応していいかわからない私を目の前にして、困惑していたことでしょう。約10分ほどの休み時間の間にSちゃんは私に「これに何か書くんだって」と一言話し掛けただけでした。私は「うん」と頷いただけ。休み時間終了のチャイムとともに急いで席に戻れてホッとした、そんな思い出があります。

さて、そんな間柄だった私とSちゃんですが、同じ高校へ進学したのを機に、一気に距離を縮めることととなりました。今思えばたぶん、SちゃんにとってもKちゃんは一番の友達だったんじゃないかな。Kちゃんがいない学校生活が始まってすぐ、Sちゃんの方から私に話し掛けてくれたような気がします。きっかけは良く覚えていないのだけれど、気が付けば、私とSちゃんはあっという間に仲の良い友達になり、いろんなことを話せる仲になっていました。Sちゃん曰く、「るいさんって、こんなに面白い人だとは思わなかった!」と言われたのを今でも覚えています。外見とのギャップがかなりあったのかなと思います。

思えば、Sちゃんと親しくなれたのも、KちゃんがSちゃんと友達だったからだと思うし、私の人生においてのKちゃんの存在ってかなり大きいと思います。

高校時代のお話はまた次回にということで!



テーマ : 緘黙症
ジャンル : 心と身体

亀吉じいちゃんとの思い出
さて・・・前に記事を書いた時に思い出した、鶴山亀吉じいちゃん(仮名)との
思い出話を書きたいと思います。

・・・*・・・*・・・*・・・

私が高校2年生の時の話です。
私の通っていた高校では、2年生の時に修学旅行があるのですが、
私も参加して行ってきたのでした。(ちなみに行き先は、大阪、京都、奈良でした)

確か10月頃の修学旅行だったと思います。
私は、母の実家にもお土産の箱菓子を買ってきたので、母経由で祖父母に
お土産を渡そうと思ったのですが、母に、「自分で渡した方がいいんじゃない?」と言われ、
母の実家が通学途中にあったこともあり、自分でお土産を渡すことにしました。

私の家と母の実家は、実はそんなに遠くはないのですが、お盆やお正月以外に
訪問する機会がほとんど無く、私にとっては、祖父母は少し遠い存在になっていました。
そんな状態だったので、私1人で母の実家を訪問するなんてことは初の試みで、
どんな反応をしてくれるのか不安でもあるけれど、ちょっとばかり楽しみでもありました。

そして、いよいよ母の実家へ訪問するぞ!と決めた日、私はお土産の箱菓子を
学校まで持参し、下校途中に母の実家へ寄ることにしたのでした。
下校途中なものだから、私は制服姿だったのだけど、こういう姿を見せたことが
なかったのですが、まあいっか、という感じで母の実家へ行ったのでした。

時間は、午後4時半頃だったと思います。
私は母の実家へ到着し、玄関のドアを開けようとしたところ、しっかりとカギが
掛かっていました。ありゃ、お留守かな?と思いつつ、チャイムを鳴らしてみました。
すると、カーテン越しに物音が聞こえ、亀吉じいちゃんが出てきました。
じいちゃんは、持っていた杖を伸ばしてドアのカギを開けてくれました。

私は笑顔で「こんにちは!」と言いながら玄関の中に入り、
「これ、修学旅行でおみやげに買ってきたからどうぞ~」と言いながら、
箱菓子をじいちゃんに手渡したのでした。
じいちゃんは、箱菓子を受け取った後、私の顔を見て、こう言いました。


「ところで、あんたは誰だ?」


正直、面食らいました。まさか、そんな風に言われるとは思っていなかったので、
動揺した私は、何と説明したらいいのかとっさに思い浮かばなくて、
「私の父は●●(名前)で、母が●●(名前)で、私は末っ子のるいです。」
っていう説明をしたのでした。今思えば、「じいちゃんの孫の、るいだよ!!」
の一言だけで良かったのにって思うのですが、その時はそれが精一杯でした。
亀吉じいちゃん、目をまん丸にしてたなあ。


そんなこんなで帰宅した私は、とても悲しい気持ちでいっぱいでした。
じいちゃんが私のことを気付かなかった、じいちゃんが私のことを忘れていた、という事実。
まあ、滅多に会っていなかったのもあるし、私が制服姿だったのもあるし、子供の顔なんて
成長と共にころころ変化してしまうし、じいちゃんの記憶が追いつかないのもわかります。

だけど。だけど、悲しかった。

今日私が母の実家に顔を出すって知っていた家族には、「行ってきた?どうだった?」
と聞かれました。私は扉越しに制服から私服に着替えていたのですが、
「行ってきたよ~。『あんた誰だ』って言われた」と答えると、姉は、
「ふ~ん。ちょっと寂しいなあ」と言っていたのでした。

私はその後は無言で着替えていました。
我慢していたのだけど、涙が出てきて話せなかったのです。
泣いているのがばれないように、着替え終わると同時に気持ちを切り替えたのでした。

後から母から聞いた話によると、母の実家には若いセールスマンや
セールスレディの訪問販売が多くて、高校の制服を着ていた私を見て、
じいちゃんはまた訪問販売の人が来たのだと思っていたらしい。


それから2ヶ月後の12月。亀吉じいちゃんは自宅で突然倒れたのでした。
私は子供だったので教えられなかったのだけど、たぶん脳出血かな。
寒い日の夜、その日に限っておしゃべりなおばちゃんから母に電話が掛かってきて、
母はずっと長電話していました。

そこへ、祖父母と同居している叔父が、電話が繋がらないからと直接我が家にやってきて、
「じいちゃんが倒れた!」と教えてくれたのでした。
母は慌てて電話を切り、叔父の話だとまだ救急車を呼んでいないっていうので、
母が救急車を呼ぶことにしたのでした。突然の出来事に慌てた母が、救急番号を
ど忘れしたらしく、私が「119だよ!!」と叫んだのを憶えています。

運悪く、私の住んでいた地域には救急車が一台しかなくて、今救急車が別の件で
出動中とのことで、じいちゃんは自宅で約1時間ぐらいそのまま救急車待ちをしたらしい。

そして、それからさらに約1ヶ月後の翌年の1月。
亀吉じいちゃんは、入院したまま息を引き取ったのでした。

私が亀吉じいちゃんにお土産を渡した3ヶ月後に、じいちゃんは亡くなってしまいました。
その間、入院中のチューブまみれのじいちゃんを1度だけ見たのが、
生きているじいちゃんに会えた、最後となってしまいました。

お葬式の時、母の実家で座っていると、知らないおばちゃんから声を掛けられました。

「あんた、るいちゃんだよね?亀吉じいちゃんが笑ってたよ~。
お土産を持ってきてくれた孫が、一生懸命、父が●●で、母が●●でって
丁寧に説明してくれたって。すごくおもしろしそうに話してたよ。」

どうやら亀吉じいちゃんは、私がお土産を渡している時に、途中から私が自分の孫だと
解ったらしいのだけど、言い出せなかったらしい。
もう解っているのに、私がくそ真面目に説明している姿が滑稽に見えたんでしょうね。

でも、私は思ったんです。
亀吉じいちゃんの私に対する思い出が楽しいもので終わったのなら、
それで良かったんじゃないかなって。
確かに、当時は一瞬でも忘れられていたことが悲しかったけれど、
すぐに思い出してくれてたみたいだし。

亀吉じいちゃんは、私とのお土産の時のやり取りが本当におもしろかったらしくて、
ご近所との雑談でこのことを話しては、笑ったりしていたようです。
亀吉じいちゃん、笑いすぎです(笑)

心残りなのは、健在なうちに話をする機会がほとんど無かったこと。
一緒に写真を撮ったこともないですし。
だから、おじいちゃん、おばあちゃんを身近に感じながら成長している私の息子が、
すごく羨ましく思う今日この頃です。


あー、久しぶりにじいちゃんをたくさん思い出しました♪
なかなか帰省できないので、お墓参りにいけないけれど、
心の奥にじいちゃんのことはずっと閉まってあります。
ちなみに、ばあちゃんはまだまだ健在です!
みなさん、おじいちゃん、おばあちゃんは大切にして下さいね!



テーマ : 体験談
ジャンル : 心と身体

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るい

Author:るい
場面緘黙・複数の恐怖症・吃音などの経験を持つ主婦。タイトル下の文にある「中間族」とは、自己診断で場面緘黙・恐怖症と知りつつも治療を受けるほどではなく、かといって世の中を上手く渡れない、そんな中間の立場で生活している自分を例えた言葉。知らない場所・空間の中にいるのが苦手。人や環境に慣れるまでに時間が掛かり、その間は会話がなかなか成立しない為、第一印象で「大人しい・根暗・変な人」と思われがち。基本的に面白いこと大好きな明るい性格。慣れればよく喋りますが、文字の方が自分を出せてる気がします。喋るより書く方が好き。

★息子(ゴン)の紹介・・・今春から高1の15歳。運動苦手・勉強苦手・生真面目・大人しいという性格上、未就学児の頃から小学卒業まで嫌がらせなどのトラブル多数。小5、小6の2年間、学級・学年崩壊を経験。嫌がらせ・いじめ・暴力による怪我やトラブルが日常的に。クラスが落ち着き始めた頃、元友達からのストーカー行為により、ストレス性胃炎での遅刻、欠席が頻繁に。区域外の中学で心機一転、すぐに友達も出来、順調に思えた中1の5月、左足不随をきっかけに不登校に(後に心身症と判明)。同7月、WISC-IVでLDと判明。発達性協調運動障害の傾向も。約1年間の通院・カウンセリングを経て徐々に登校日数が増え、中3は欠席ゼロで中学を卒業。推薦入試で第一志望の高校合格をゲット。現在は元気に登校中。

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