先日テレビで、青森県出身の子が関東の学校へ進学するために上京するところに密着した番組を見ました。家族で車に乗り込んで引っ越しのお手伝いをしてるのを見て、自分の上京した時を思い出したので少し書いてみたいと思います。

私の場合は進学ではなく就職の為でしたが、私が就職するのに合わせて家族の生活拠点も関東圏へ移ることになっていましたので、家族で引っ越しての上京となりました。最低限のものを父の車へ詰め込み、当時飼っていたインコもケージごと私の隣のシートに乗せて上京。岩手から9~10時間ぐらい掛かった気がします。途中、私が住む予定の辺りを高速道路で通った時、父が「ほら、この辺がるいの住む辺りでねぇが?」と言い、車の窓から景色を見て、(うわ、高い建物がいっぱいある!スゲー!)と思ったものです。今思えばマンションがちょっとまとまって建ってただけですが。(会社の寮へ入寮することになってました)

家族で引っ越しとなった経緯としては、そもそも父がずっと関東圏で仕事をしていて、いわゆる出稼ぎってやつですね。私が物心ついた頃には既にそういう生活をしていて、年に数えるほどしか父に会えない環境でした。父は家族と生活するというのがずっと夢だったらしく、末っ子の私が社会人になるのを期に、関東圏へ家族を呼び寄せたとういう訳です。とはいえ、子供たちはそれぞれ生活があって既にバラけてましたけどね。主に母と生活がしたかったんでしょうね。

母は生まれてからずっと田舎から出て生活したことのない人だったので、40台半ばにして急に生活環境が変わって大変だったと思います。近所に知り合いもいないわけですし。何年かして体調を崩した時期もありました。

岩手から一緒に越してきたインコはとても長生きして、10年ぐらい生きたようです。実は田舎に住んでいた時、私が個人的に飼っていたインコだったのですが、寮へ連れていけないので両親に預けていたんですね。そんなに長生きするとは思わず、後から大往生で亡くなったと聞き、驚いたものです。

なんだか久しぶりに当時のことを思い出しました。スマホで長文はやっぱり辛いですね😅でも、好きな場所で書けるのは魅力的かな。ではまた。


応援ありがとうございますp(*^-^*)q



こんにちは。今週から息子は高2として新学期を迎え、今朝も元気に出掛けて行きました。今日は高校で「対面式」と「部活紹介」があるそうです。「対面式」と聞いてふと私の高校時代のことを思い出しました。

私が高校へ入学したのは、もう30年近く前のことになりますが(笑)、なぜか覚えている「対面式」のこと。私の高校では、対面式というと、新1年生と2、3年生の先輩方が体育館で向かい合うように整列して座ります。そして、新1年生の前には、1本のスタンドマイク。新1年生は、そのマイクの前に1人ずつ立ち、自己紹介をするというのが伝統になっていました。

2、3年生にとっては座っているだけの気軽なイベントですが、新1年生にとっては緊張MAXなイベント。流れ作業的に出身中学校、名前、特技とか趣味を言う感じだったと思うのですが、私にとってはその場にいるだけでも卒倒しそうなイベントでした。なぜかって、それは私が場面緘黙症だったから。この頃はだいぶ症状は和らいでいたとはいえ、完治していたわけではなかったので拷問にしか思えませんでした。それでもやらないことには終わらないので、頑張った記憶があります。

結果、頑張って、出身校と趣味とか話して、最後は「よろしくお願いします」で〆たような気がします。そう。後から気付いたのですが、あまりにも緊張しすぎて名前を言い忘れていたのでした(^_^;)誰からも突っ込まれなかったけれど、対面式が終わって教室へ戻った後のホームルームで、担任が「緊張して名前を言い忘れる人もいましたが~」と話してて、(私のことだっ!)と思いました。対面式と聞くと、この思い出が鮮明に蘇ります。



ということで昨日の夜、息子が「明日、対面式かあ」と言っていたのを聞き、上記のことを思い出したので話して聞かせたところ、「いつの時代だよ~。いちいち、1人ずつ自己紹介なんかしないよ?新入生とかの代表の人が数人、なんか喋るだけだよ。」と、なんともお気楽な対面式のようでした。はあ。その対面式、楽でいいねと思ったアラフォーの私σ(・∀・)なのでした。


応援ありがとうございますp(*^-^*)q




こんにちは。今回は、いつもと違う雰囲気の記事を書こうと思います。

実は先日、びっくりしたことがありました。久しぶりに高校の恩師の顔を見ました。約25年ぶりです。私が高校の3年間、担任としてお世話になった男の先生。私の田舎のホームページ内にある広報誌を月に1回見るのが習慣になっていて、先日ふと思い出して今月の広報誌を見てみたんですね。そうしたら、4月に新しく赴任してきた小・中学校、高校の校長先生が紹介されていて。高校の校長先生、見たことある名前だな?と顔を見たら、顔にも見覚えが!!原田(仮名)先生だ~w(゚o゚)w!!

ハゲてるし、当時はなかったメガネも掛けていましたが、目元、口元、全体的に面影があって、すり足のような先生の独特な歩き方だとか一気にブワ~っと思い出されました。 「●●高校に20数年ぶりの勤務」とのコメントがあり、当時は主任だったけど、校長になって戻ってきたんだ、ずっと教師を続けてたんだ、凄いな~とその貫禄のでたハゲ頭(笑)の顔写真を眺めてしまいました。原田先生との思い出はほとんど覚えていないのだけれど、良い先生だったという記憶?感覚?は残っています。

... 続きを読む
前回書いた体験記事「Kちゃんから贈られた、新たな出会い」からの続きになります。

高校へ進学したのをきっかけに、急激に親しくなった私とSちゃん。
SちゃんはKちゃんとはまた違った意味で、天然な感じで明るい子でした。でも、小学生の頃はどちらかというと暗い感じの子だったという話をKちゃんから聞いた時にはびっくりしたものです。とてもそんな風には見えないくらい、明るくておしゃべりな子だったから。

何かがきっかけになり、自分の殻を破ったんでしょう。私にとってはそんなSちゃんがとても羨ましい感じもあったかな。Kちゃんとは純粋に「友達」という感じでしたが、Sちゃんとはどちらかというと「ライバル」的な感覚があったような気がします。

なにはともあれ、学校にいる時は、とにかくSちゃんといっしょに行動していましたね。Sちゃんの方も、当然のように私と一緒にいてくれ、決して強制したわけではなかったのですが、お互い慕っていた感じですね。中学の後半、Kちゃんと過ごせたことで、学校で多少は笑ったり話したりすることに慣れていたおかげで、高校生活のスタートは今までの学校生活の中で一番気を楽にして過ごせたように思います。ある程度、困った時の対処法なども心得ていたこともあるし、単語を繋ぎ合わせたような会話でも、自分で話すことで解決することもできるようになったし、比較的楽しく過ごせたかなと思います。とはいえ、自分で行動を制御してしまうことも多々ありましたが。

Sちゃんは積極的な子だったので、好きな先輩ができたといっては騒ぎ、手紙を渡したとか、バレンタインデーにチョコを渡すだとか、そういう話もたびたびあって、相談されたりだとか、話を聞かされたりもしましたね。いずれにしても、人と話をすること自体が難しい私にとっては、誰かを好きになるとだとか告白するだとかそういう話は全く縁のないものであって、自分とは一生無関係の話だと思っていました。だから、アドバイスらしいことも特にできなかったし、Sちゃん的には他の友達にも恋愛の相談をしていたようです。まあ、それが私に相談するより懸命だったと思います(笑)

そういうSちゃんでしたので、こういう質問をされたことがありました。

「るいさんは、誰か好きな人とかいる?」

正直、誰かを好きになる感覚がよくわからないまま生きていたので、好きな人と聞かれてもとは思ったのですが、好きな人が一人もいないというのもなんか寂しいなと思い(笑)、誰か過去に気になった人がいたかな・・・・?と思い返したところ、1人の男の子の顔が浮かびました。

あれは、私が小学5年生の頃のこと。学校で縦割り班(1つの班を1~6年生数人で構成するやつですね)で掃除をするのですが、その時の私がいた班の班長だった6年生の男の子。ある教室の掃除をしていた時に、机の上に置いてあった誰かが着替えたジャージのズボンのお尻のところが膨らんでいたのが気になったので、手でポン!と潰したんですね。その時に、「なにやってんの~」と笑いながら班長だった男の子が声を掛けてくれたのを思い出しました。その時、男の子が私に話し掛けてくれたことで楽しい気持ちになり、すごく嬉しかったのを覚えています。

そういえば、それ以来、なんとなくその男の子のことを気にかけていることを思い出し、とりあえず、Sちゃんにはその男の子が私の好きな人だということにすることにしたのでした。当時私にとっては異性よりも友達がいるかいないかの方が重要でしたので、本当にその男の子のことが好きだったのかは不明ですが、Sちゃんの質問に対しての答えとして、「自分の好きな子」として意識させられたことで、逆にそれ以降がその男の子のことを意識した感じがありましたね。

その男の子は同じ高校に進学していましたので、たまに学校で見かけたりしましたが、小学生当時からの爽やかな感じの印象が変わらないままだったので、タイプかどうかは自分でも解からないけれど、嫌いではなかったように思います。

数ヵ月後、私と同じ部活の後輩だった女の子と付き合ってるという噂を耳にし、なーんだ、と思った記憶があります。その子と付き合う気は毛頭無かったのですが、相手の女の子がちゃらちゃら系だったので、そういう趣味か、と思い、なんかがっかりでしたね。
そんなこともあり、その男の子を意識していたのはほんのわずかな期間でしたが、今思えばそれが私にとって初めての恋愛感情だったのかもしれません。
「その人のことが気になる」っていう感覚が、人を好きになる始まりなんだろうなと今では思うので。


そうそう、話は戻ります。
ということで、Sちゃんの、「るいさんは、誰か好きな人とかいる?」という質問に対し、私はその男の子のことをイメージしながら話をしたのでした。おそらく、私に好きな子がいるという話になるとは思っていなかったのでしょう。Sちゃんは「なんかこっちが照れるからもういい」と顔を真っ赤にしながら質問をやめたのでした。


今回は、なんかこういう話しを書くつもりは無かったのですが、急に思い出したので書かせてもらいました。そうそう、こんなこともあったなと思いながら(笑)
今日はもう、長文になってしまったので、続きは次回にしますね。



以前書いた記事『Kちゃんと過ごした中学時代』の続きになります。

Kちゃんと友達になってからというもの、私の中学校生活は一気に良い方向へと変わっていきました。気を許せる友達がいるだけで、学校というものがこんなに楽しい場になろうとは想像すらしていませんでした。

ずっと続くと思っていたKちゃんとの学校生活ですが、中学卒業と同時に、それは途絶えてしまいました。Kちゃんは、家庭の都合で高校へは進学しなかったのです。私は高校へ進学することになっていましたので、Kちゃんと過ごせた楽しい時間は1年ちょっとしかなかったのですが、私にとっては何十年にも相当するような充実した時間でした。おそらく、皆さんが何年か掛かってするであろういろんな経験を一気にしてしまった、そんな感じです。

春になり、私は地元の高校へ進学。Kちゃんは、某会社へ就職しました。地元の会社だったので、会おうと思えば会えたんでしょうけど、頻繁に会ったり遊んだりした記憶は無いですね。私の感じた感覚ですが、Kちゃんの方に、みんなと同じように進学できなかったという劣等感があったようで、私以外の友達ともあまり会ったりはしていなかったようです。

私は私で、高校という新しい環境に慣れるために四苦八苦していましたので、正直な話、Kちゃんのことを気に掛ける余裕が無かったように思います。たまに手紙や電話をしたんだっけ?なぜかあまりその辺の記憶がありません。

さて、高校生活ですが、地元の高校でしたので、同じ中学から進学した子が大半、地元の他の中学から進学した子が3分の1ぐらいという感じでした。知ってる顔がほとんどなので、環境が変わったのでこれを機に自分を変えよう!などとは思いませんでした。人間関係はもう出来上がっているのと同じでしたし。

とはいえ、Kちゃんのいない学校生活はどうなるのだろう?と思っていた私に、新たに心を許せる友達ができるとは思ってもいないことでした。その子は、私と同じ中学だったSちゃん。Sちゃんは、Kちゃんと小学・中学と一緒で、Kちゃんと友達だった子です。中学の頃には私と同じクラスでしたので、もちろんSちゃんの事は知っていましたが、お互いに直接遊んだとか会話したとかはほとんど皆無に近い状態だったんですね。

Sちゃんとの唯一の中学の思い出といえば、どういう成り行きだったかは覚えていないのですが、Kちゃんが私とSちゃんに、「この紙に2人で絵を書いてちょうだい」と言って、その場を立ち去ってしまったんですね。ということで、机の上に置かれた紙を前に、Sちゃんと二人きりになってしまった私。慣れない人の前で絵を書くという行動を起こすには、当時の私にとってはかなりの勇気が必要だったらしく、シャーペンを持ったまま固まっている私。Sちゃんもどう対応していいかわからない私を目の前にして、困惑していたことでしょう。約10分ほどの休み時間の間にSちゃんは私に「これに何か書くんだって」と一言話し掛けただけでした。私は「うん」と頷いただけ。休み時間終了のチャイムとともに急いで席に戻れてホッとした、そんな思い出があります。

さて、そんな間柄だった私とSちゃんですが、同じ高校へ進学したのを機に、一気に距離を縮めることととなりました。今思えばたぶん、SちゃんにとってもKちゃんは一番の友達だったんじゃないかな。Kちゃんがいない学校生活が始まってすぐ、Sちゃんの方から私に話し掛けてくれたような気がします。きっかけは良く覚えていないのだけれど、気が付けば、私とSちゃんはあっという間に仲の良い友達になり、いろんなことを話せる仲になっていました。Sちゃん曰く、「るいさんって、こんなに面白い人だとは思わなかった!」と言われたのを今でも覚えています。外見とのギャップがかなりあったのかなと思います。

思えば、Sちゃんと親しくなれたのも、KちゃんがSちゃんと友達だったからだと思うし、私の人生においてのKちゃんの存在ってかなり大きいと思います。

高校時代のお話はまた次回にということで!